名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


秋風の 千江の浦廻の 木屑なす 心は依りぬ
後は知らねど
                詠み人しらず

(あきかぜの ちえのうらみの こつみなす こころは
 よりぬ のちはしらねど)

意味・・秋風の吹く千江の浜辺に、木の屑や貝殻や海藻
    などの小さな塵芥が流れ寄っています。それら
    は波のまにまに打ち寄せられて、いつしか、そ
    の浜辺にたまったもの。私の恋の思いも、ちょ
    うど塵芥のようなもので、あなたに対する慕情
    は、絶え間なく私の心の浜辺に打ち寄せ続け、
    高まり、つのるばかり。でも、この思いがかな
    えられるかどうか、その行く末を知ることは出
    来ないけれど。
    
 注・・秋風の=「吹く」などの述語が省かれている。
    千江の浦廻=所在未詳。「浦廻」は海岸の湾曲
     したところ。
    木屑(こつみ)=木積とも。木の屑。海岸に打ち
     寄せられる諸々の塵。
  
出典・・万葉集・2724。 

わが心 慰めかねつ 更級や 姥捨山に 
照る月を見て
              詠み人知らず

(わがこころ なくさめかねつ さらしなや うばすて
 やまに てるつきみて)

意味・・私の心はついに慰められなかった。更級の
    姥捨山の山上に輝く月を見た時はかえって
    悲しくなった。

    「大和物語」説話によると、信濃国に住む
    男が、親の如く大切にして年来暮らして来
    た老いた伯母を、悪しき妻の誘いに負けて
    山へ捨てて帰るが、家に着いてから山の上
    に出た限りなく美しい月を眺めて痛恨の思
    いに堪えず詠んだ歌、です。

    なお、盲人の塙保己一(はなわほきいち)が姥捨
    て山に来て気持ちを聞かれた時に「わが心慰め
    かねつ更級や姥捨山に照る月を見で」と詠み、
   「見て」を「見で」と「て」を「で」に替えただ
    けでしたが意味は反対にしています。
    

 注・・更級=長野県更級の地。
    姥捨山=更級郡善光寺平にある山。観月の名所。
    塙保己一=はなわほきいち。1746~1821。江戸
     時代の国文学者。

出典・・古今和歌集・878。

 


秋風に はつかりがねぞ 聞ゆなる 誰がたまづさを
かけて来つらむ
                 紀友則 

(あきかぜに はつかりがねぞ きこゆなる たが
 たまづさを かけてきつらん)

意味・・秋風に乗って初雁の声が聞こえて来る。
    遠い北国から、いったい誰の消息を携え
    て来たのであろうか。

    前漢の将軍蘇武(そぶ)が囚われ、数年過
    ぎた後、南に渡る雁の足に手紙をつけて
    放した。それが皇帝の目にとまり、無事
    帰国する事が出来たという故事に基づい
    て詠まれた歌です。

    飛んでいる雁を見て、別れた人々の消息、
    転勤で別れた人や結婚して独立した子供、
    あの人達は今どうしているだろうかと思
    って詠まれています。

 注・・かりがね=雁が音。雁の鳴く声。雁の異
     名。
    たまづさ=手紙、消息、使い。
    かけて=掛けて。掛けて、取り付けて。

作者・・紀友則=きのとものり。907年頃没。
     「古今和歌集」の撰者の一人。

出典・・古今和歌集・207。
 


 人も見ぬ よしなき山の 末までに すむらん月の 
かげをこそ思へ          
                 西行

(ひともみぬ よしなきやまの すえまでに すむらん
 つきの かげをこそおもえ)

意味・・人の見ようとしない、由緒のない山の奥にまで
    照り澄んだ光を落としている月は格別に思われ
    ることだ。

    人の善し悪しの念に関係なく平等に照らす月は
    尊い、という心を詠んでいます。

 注・・よしなき山=由緒のない山。
    すむ=「澄む」と「住む」の掛詞。

作者・・西行=さいぎょう。1118~1191。俗名佐藤義
      清。下北面の武士として鳥羽院に仕える。
      1140年23歳で財力がありながら出家。出家
      後京の東山・嵯峨のあたりを転々とする。
      陸奥の旅行も行い30歳頃高野山に庵を結び
     仏者として修行する。家集「山家集」。

出典・・山家集・344。


 撫子は いづれともなく にほへども おくれて咲くは
あはれなりけり        
                  藤原忠平

(なでしこは いづれともなく におえども おくれて
 さくは あわれなりけり)

意味・・撫子はどれがどうとも優劣つけがたく美しく
    咲き映えているが、遅れて咲いた撫子は特に
    可憐に思われる。そのように子供達はだれも
    区別なく可愛いものだが、遅く生まれた子供
    というものは、とりわけ可愛いものだ。

    忠平の末の子が撫子の花を持っていたので、
    母親に花に添えて詠んで持たせたものです。
    末子は他の兄弟より年が離れていた。

 注・・にほへども=美しく色づいているが。
    あはれ=いとしい。

作者・・藤原忠平=ふじわらただひら。879~949。
    太政大臣。

出典・・後撰和歌集・203。


 草の原 涼しき風や わたるらん 夕露またぬ 
虫のこえごえ
                心敬
            
(くさのはら すずしきかぜや わたるらん ゆうづゆ
 またぬ むしのこえごえ)

意味・・草原を夕方の涼しい風が吹き渡っているから
    だろうか。夕露を待ちきれず鳴き出した虫の
    声々が聞える。
 
    夕べを待ちきれず鳴き出した虫の声に、季節
    の変化を感じています。

 夕露=はかない命を暗示。虫も短い命を力いっぱい
  鳴いていることも暗示している。

心敬=しんけい。1406~1475。権大僧都。

出典・・寛正百首(岩波書店「中世和歌集・室町篇」)


 ありしにも あらで憂き世を わたるかな 名のみ昔の
真間の継橋        
                    藤原良基
               
(ありしにも あらでうきよを わたるかな なのみ
 むかしの ままのつぎはし)

意味・・過ぎた昔と違って、今はつらい人生を渡る
    ことだ。真間の継橋のように、名だけは昔
    のままに継いでいるが。

    昔の摂政関白の良き時代を述壊した歌です。

 注・・ありし=以前の、昔の。
              名=藤原一族の一流の名声。
    真間の継橋=下総国の歌枕。「継橋」は橋
     板を継ぎ渡した橋。真間は「昔のまま」
     を掛ける。

作者・・藤原良基=ふじわらのよしもと。1320~
    1388。北朝の天皇に仕えて摂政関白を長
    期務める。北朝と南朝との戦乱の時代に生
    きる。

出典・・詠百首和歌・97(岩波書店「中世和歌集・
    室町篇」)  
  


秋の夜の あはれはたれも しる物を われのみとなく
きりぎりすかな
                  藤原兼宗
            
(あきのよの あわれはたれも しるものを われのみ
 となく きりぎりすかな)

意味・・秋の夜の哀れさは誰も知るところなのに、私だ
    けが哀れと鳴く蟋蟀(こおろぎ)よ。

 注・・あはれ=しみじみとした趣、悲しさ、寂しさ。
    われのみとなく=自分だけが哀れを知るかのよ
     うに鳴く。
    きりぎりす=現在のこおろぎ。

作者・・藤原兼宗=ふじわらのかねむね。1163~1242。
    正二位大納言。

出典・・千載和歌集・329。
 


 かくのみに ありけるものを 萩の花 咲きてありやと
問ひし君はも
                  舎人余明軍

(かくのみに ありけるものをはぎのはな さきて
 ありやと といしきみはも)

詞書・・大納言大伴旅人がお亡くなりになった時の歌。

意味・・今思えば、このように死の床にあったものを、
    萩の花はもう咲いたかとお尋ねになった君は
    今はもういない・・ああ。

 注・・かくのみに=所詮は死の床になることでしか
     なかったのに、の意。
    はも=眼前に存在しないものを思いやる詠嘆。

作者・・舎人余明軍=とねりよのみょうぐん。百済系
    の人物。舎人は天皇・皇族などのそばに仕え
    て雑事をする人。

出典・・万葉集・455。


昨日まで 何ともきかぬ 荻のはに けふよりかなし
秋の初かぜ
                 木下長瀟子

(きのうまで なんともきかぬ おぎのはに きょう
 よりかなし あきのはつかぜ)

意味・・昨日まで何とも特別な思いを抱かずに聞いた
    荻の葉の音だが、秋の初風が吹いて音を立て
    る今日からは哀愁が感じられる。

 注・・荻=イネ科の多年草。水辺や原野に秋に穂を
     出す。ススキによく似ている。
    秋の初風=夏の名残が消えないものの、明ら
     かに秋の風情を感じさせる風。

作者・・木下長瀟子=きのしたちようしょうし。1569
    ~1649。秀吉の近臣として厚遇された。若狭
    小浜の城主。

出典・・小学館「近世和歌集」。 

このページのトップヘ