名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

さらば父 地の百里は 隔てありぬ 我が家の笑みを
天に見給へ
                 与謝野晶子

(さらばちち つちのひゃくりは へだてありぬ わがやの
 えみを てんにみたまえ)

意味・・あの世に旅立ってしまった父。生きて地上にいた
    時は、お互いに百里も隔たって暮らしていました
    が、天上にいる今は、我が家の皆の笑顔を見守っ
    ていて下さい。

 注・・地の百里=父は堺で、晶子は東京でそれぞれ離れ
     て暮らしていたことから、その距離的な隔たり
     を言っている。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺女
        学校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形と
    なる。

出典・・歌集「毒草」(大塚虎彦著「名歌即訳「与謝野晶
    子」)


草も木も 靡きし秋の 霜消えて 空しき苔を
払ふ山風
                鴨長明 

(くさもきも なびきしあきの しもきえて むなしき
 こけを はらうやまかぜ)

意味・・草木も靡くほどの権勢を持っていた源頼朝も、
    秋の霜のように消えてしまい、今では墓の苔
    に、むなしく風が吹きぬけてゆく。

    鴨長明が法華堂に詣でた時に、源頼朝を偲ぶ
    一首を、堂の柱に書き記した歌です。

    源頼朝を悼(いた)むと同時に、人の世・人の
    命の無常感を込めた歌です。

 注・・草も木も靡く=威厳があって辺りの者を寄せ
     つけないほどである、威圧する、 の意。
    秋の霜=「秋霜烈日」をいい、権威の厳しさ
     おごそかさをいう。

作者・・鴨長明=かものちょうめい。1155-1216。
    「方丈記」が有名。

出典・・吾妻鏡。

参考です。(鴨長明の方丈記の一節)

    ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水
    にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消
    えかつ結びて、久しくとどまりたるためしな
    し。世の中にある人と栖(すみか)と、またか
    くのごとし。

霜の経 露の緯こそ 弱からし 山の錦の
織ればかつ散る
               藤原関雄 

(しものたて つゆのぬきこそ よわからし やまの
 にしきの おればかつちる)

意味・・山の紅葉は、霜のたて糸、露のよこ糸で織ら
    れた錦であるが、そのたて糸とよこ糸が弱い
    ようである。錦が織りあがったと思うと、そ
    のそばからすぐに散ってゆく。

    紅葉の錦は霜や露のようにはかないものを、
    たて糸やよこ糸にして織ったので、このよう
    にすぐに散ってしまうのであろうと、美しい
    紅葉のはかないのを嘆いた歌です。

作者・・藤原関雄=ふじわらのせきお。815~853。
    従五位下・治部小輔。琴・草書に優れる。

出典・・古今和歌集・291。


遠景の 桃花うるめり 家系図の 餓死てふ記述

簡明にして 
                武下奈々子

(えんけいの とうかうるめり かけいずの がしちょう
 きじゅつ かんめいにして)

意味・・ある日、蔵でも開けたのか、垢にまみれた家系図
    をまぶしい春光のなかに広げて見ている。遠く桃
    畑の花は潤んだように桃色にけぶり、田園は長閑
    な景色をなしている。平穏な、潤沢な、暮らしの
    ゆとりが、春の豊饒さを大地の香りとともに感じ
    させられる。ただ、古い家系図の中の古びた古筆
    の記載は、きびしく、鋭く、訴えるように、一人
    の人名の傍注に「餓死」という表現を残している。
    簡潔なその一語を取り巻く状況を想像するのはこ
    わい。「餓死」と記入することによって、後世を
    生きる者たちに伝えたかったことを考えれば、こ
    の簡明な記入の意志のかげにあった哀切な万感は
    胸に迫る。

    明るくうるむ遠景の桃花は、祖先たちの農に生き
    た現実を継いで、眼前の農村は変化に変化を重ね
    ている。古き日の忘却を誘いながら、かえって「
    餓死」のあった春を忘れがたく記憶にさせるに違
    いない。

 注・・うるめり=潤めり。潤っている。

作者・・武下奈々子=たけしたななこ。1952~ 。香川
    県生まれの歌人。

出典・・馬場あき子著「歌の彩事記」。


春霞 流るるなへに 青柳の 枝くひ持ちて

うぐひす鳴くも 
               詠み人知らず

(はるがすみ ながるるなえに あおやぎの えだくい
 もちて うぐいすなくも)

意味・・春霞が流れ棚引いている。うぐいすは青柳の
    枝をくわえてしきりに鳴いている。

 注・・なへに=前後の状態が同時に進行する意。
    枝くひ持ちて=枝をついばみながら次々に枝
     移りしている状態。

出典・・万葉集・1821。


いつはりの 巧を言うな 誠だに さぐれば歌は
やすからむもの
                橘曙覧

(いつわりの たくみをいうな まことだに さぐれば
 うたは やすからんもの)

意味・・上手な歌を詠もうと思って真情でないことを
    作り出して言ってはいけない。真情をつかん
    だら歌の表現は容易なものなのだから。

    詞書は「短冊箱に歌書きてと乞われて」です。
    三、四句の「誠だにさぐれば歌は」に「たに
    さく(短冊)が読み込まれていて、短冊箱に書
    いておく歌の心得として、歌を詠む時の信念
    が入り、物名も入っているので、詞書きの条
    件が満たされています。
    
 注・・さぐる=探る。たずねもとめる。さがす。
    真情=真心、いつわりのない心。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。早
    く父母に死に分かれ、家業を異母弟に譲り隠
    棲。福井藩の重臣と親交。

出典・・東京堂出版「和歌鑑賞事典」。


もみぢ葉の 流れてとまる 水門には 紅深き 
波や立つらむ
                  素性法師

(もみじばの ながれてとまる みなとには くれない
   ふかき なみやたつらん)

意味・・(龍田川にはもみじ葉が流れているが)もみじ葉の
    流れて行き着く河口では、(もみじ葉がたまって)
    紅色の濃い波が立っているであろうか。

    屏風に、龍田川に紅葉が流れているさまを描いて
    あったのを題として詠んだものです。
       
 注・・とまる=泊まる。行き着く所。
    水門(みなと)=川や海などの水の出入り口。

作者・・素性法師=909年頃没。僧正遍照の子。

出典・・古今和歌集・293。


玫瑰や今も沖には未来あり
               中村草田男

(はまなすや いまもおきには みらいあり)

意味・・浜辺に咲いているハマナスの花を見ていると、
    昔、ハマナスの赤い実を食べた頃の故郷が思い
    出されて来る。故郷の浜辺で、沖行く船を眺め
    てはどこに行くのだろうかと、そしていつかあ
    んな船に乗ってみたいと思いながらよく眺めて
    いたものだ。早く大きくなりたいなあと。今、
    海を眺めていると、昔眺めていた頃が思い出さ
    れて来る。あの頃に夢見ていた事は実現したの
    だろうかと。これから先はどうしょうかと、今
    も夢にふけっている。

    「知床旅情」参考です。

    ハマナスが咲くと、飲んで騒いだ頃や山登りを
    した頃が思い出されて来る・・。

        https://youtu.be/tfjKZD03Ox8

    知床の岬に はまなすの 咲くころ
    思い出しておくれ 俺たちのことを
    飲んで騒いで丘に登れば
    はるかクナシリに 白夜は開ける

 注・・玫瑰(はまなす)=バラ科の植物。開花時期は5
     月から6月に紅色の花が咲く。実は赤くミニ
     トマトに似ている。食べられる。浜梨、浜茄
     子とも書く。

作者・・中村草田男=なかむらくさたお。1901~1983。
    東大国文科卒。高浜虚子に師事。

出典・・笠間書院「俳句の解釈と鑑賞事典」。


あはれさや 時雨るる時の 山家集
                    山口素堂

(あわれさや しぐるるときの さんかしゅう)

意味・・時雨忌の頃芭蕉を偲び、彼が愛誦した「山家
    集」を読んでいると、ありし日の亡友との親
    交が思い出され、感慨もまたひとしおである。

    芭蕉が没したのは旧暦10月22日で、初冬の時
    雨が降る頃であり、その忌日を時雨忌という。
    芭蕉が西行を畏敬し、その歌集「山家集」を
    愛読していた。素堂も芭蕉と親交があり尊敬
    を受ける間柄であった。

 注・・あはれ=感慨が深いこと。
    時雨=初冬の頃急に降ったり止んだりする雨。
    山家集=西行が詠んだ歌集。
    時雨忌=松尾芭蕉の命日(旧暦の元禄7年(16
         94年)10月22日)。

作者・・山口素堂=やまぐちそどう。1642~1716。
        芭蕉とも親交があった。「目には青葉山ほと
    とぎす初鰹」の句で有名。

出典・・素堂家集(小学館「近世俳句俳文集」)

三河なる 二見の道ゆ 別れなば 我が背も我れも
ひとりかも行かむ
                高市黒人

(みかわなる ふたみのみちゆ わかれなば わがせも
 われも ひとりかもゆかん)
       
意味・・三河の国の二見の道で別れてしまったら、
      あなたも私も、この先一人で寂しく旅を
    することになるのでしょうか。

    一、二、三の数字を詠み込んだ、洒落の
    歌です。

 注・・三河なる二見の道=愛知県豊川市国府町
     と御油(ごゆ)町との境。
    ゆ=動作の時間的空間的起点を表す。
    かも=疑問の意を表す。・・なのか。

作者・・高市黒人=たけちのくろひと。生没年未
    詳。700年頃の地方の下級官吏。

出典・・万葉集・276。

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