名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


吾妻やまに 雪かがやけば みちのくの 我が母の国に
汽車入りにけり
                   斎藤茂吉

(あづまやまに ゆきかがやけば みちのくの わが
 ははのくにに きしゃいりにけり)

意味・・国境の吾妻山に残雪が白々と輝き、わが汽車は
    いよいよ母の病むふるさとに入ったことだ。

    「死にたまふ母」の題で詠まれた歌です。
    残雪を輝やかしながらまともに迫る山膚(はだ)、
    ああ、汽車はもうふるさとの土の上を走ってい
    るのだ。こう思った時の引き締まるような緊張
    感が一首を貫いています。特に「我が母の国に
    入りにけり」という厳しい調べは、いよいよ重
    態の母にま向かわねばならないという思いを伝
    えています。

 注・・吾妻やま=吾妻山。福島・山形の県境にある山
     で2024m。
    雪かがやけば=残雪が輝き。
    我が母の国=母が病んでいるふるさと。

作者・・斎藤茂吉=さいとうもきち。1882~1953。東大
    医科卒。精神病医。伊藤佐千夫に師事。

出典・・歌集「赤光」(学灯社「現代短歌評釈」)
 


 山ざとの かきねは雪に うづもれて 野辺とひとつに
なりにけるかな
                  藤原実定

(やまざとの かきねはゆきに うずもれて のべと
 ひとつに なりにけるかな)

意味・・山里の我が家の垣根は雪に埋もれて、庭と野
    原とが、ひとつになってしまっている。

    庭も垣も野も一様に埋め尽くした山里の大雪
    のさまを歌っています。 

作者・・藤原実定=ふじわらのさねさだ。1139~1191。
     正四位下左中将。 

出典・・千載和歌集・457。


 枯れはつる 藤の末葉の かなしきは ただ春の日を
たのむばかりぞ           
                  藤原顕輔

(かれはつる ふじのすえばの かなしきは ただ
 はるのひを たのむばかりぞ)

意味・・すっかり落ちぶれた、この藤原氏の末流の
    悲しいことには、ひたすら春日の神を頼る
    ことだけなのです。

    藤の若芽が春の陽で芽ぶくように、春日の
    氏神様の御威光で、藤原の私にも目が出ま
    ますようにとの願いです。    

 注・・春の日=春の陽光に春日明神を掛ける。
    藤の末葉=「藤原氏の末裔」を掛ける。
     
作者・・藤原顕輔=ふじわらのあきすけ。1090~
    1155。左京大夫・従三位。「詞花和歌集」
    の撰者。

出典・・詞花和歌集・339。

 


君を思ひ おきつの浜に 鳴く鶴の たづねくればぞ
ありとだに聞く
                 藤原忠房

(きみをおもい おきつのはまに なくたづの たずね
 くればぞ ありとだにきく)

意味・・鶴が君を思い続け興津の浜で鳴いている。私が
    君の健在な事だけでも聞くことが出来たのは、
    君を思い訪ねて来たからだ。

    紀貫之が和泉の国にいる時、忠房がこの地を訪
    れた時に贈った歌で、直接面会したのではなく、
    健在という噂だけを聞いて贈ったものです。鶴
    は忠房自身です。

    私はあなたの事を心配して、このように訪ねて
    来たからこそ、あなたがつつがなくいる事を聞
    いたのです。安心しました。

 注・・思ひおきつ=思い置く、心中にたえず思うこと、
     心配する。興津(今の大阪府泉大津市)を掛け
     る。
    あり=この世に生きていること。無事である。
    だに=最小限の希望が叶えられた意。

作者・・藤原忠房=ふじわらのただふさ。925年没。山
    城守。

出典・・古今和歌集・914。

 

酪農を していた頃を 思いつつ 牛舎跡地に 
降る雪を見る
                井上和真

(らくのうを していたころを おもいつつ ぎゅうしゃ
 あとちに ふるゆきをみる)

意味・・家業が酪農経営であった頃、私は手伝って、牛
    を外に出したり、餌をやったり、牛舎の掃除を
    していた。今は廃業となり、牛舎は取り壊され
    ている。今、その跡に雪が降り出した。そして
    昔が懐かしく思い出されて来る。寒い時の作業
    が思い出されて来る。

    どうして「酪農」を止めたのか。不況のためか、
    両親の病気のためか、もしかしたら作者が跡を
    継がなかったためかも知れないが、作者はその
    止めた理由を言っていないのだから、止めた理
    由に感慨があるのではなく、止めたこと自体を
    今思っているのである。

作者・・井上和真=いのうえかずま。`94年当時北海道
    稚内商工高校二年生。

出典・・東洋大学「現代学生百人一首」。


海恋し 潮の遠鳴り かぞへては 少女となりし 
父母の家
                与謝野晶子
              
(うみこいし しおのとおなり かぞえては おとめと
 なりし ちちははのいえ)

意味・・故郷の海が恋しい。海辺に寄せては返す潮の、遠く
    から聞えてくる波の音を数えては少女として成長し
    てきた父と母の家が恋しい。

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。堺 女学
    校卒。与謝野鉄幹と結婚。「明星」の花形となる。

出典・・歌集「恋衣」。


志賀の浦や とほざかり行く 浪間より こほりて出づる
有明の月
                   藤原家隆

(しがのうらや とおざかりゆく なみまより こおりて
 いずる ありあけのつき)

意味・・志賀の浦は岸辺の方から次第に凍り、遠くに
    見える浪の間から有明の月が氷のようにのぼ
    っていく。

    寒くてたまらない夜更けに外を見ると、月は
    湖面の凍った氷の欠片(かけら)がのぼって行
    くように見える。

 注・・志賀の浦=琵琶湖の西岸、今の大津市あたり。
    有明の月=夜が開けても残っている月。

作者・・藤原家隆=ふじわらのいえたか。1158~12
    37。従二位宮内卿。新古今集の撰者の一人。

出典・・新古今和歌集・639。


小夜ふくる ままに汀や凍るらむ 遠ざかりゆく 
滋賀の浦波
                快覚法師

(さよふくる ままにみぎわや こおるらん とおざかり
 ゆく しがのうらなみ)

意味・・夜が更けるにつれて波打ち際が凍って行くのだ
    ろうか。滋賀の浦の波の音がしだいに遠ざかっ
    て聞こえて来るのは。

 注・・汀(みぎわ)=水際。
    ままに=・・につれて。
    滋賀の浦=琵琶湖の西岸。

作者・・快覚法師=かいかくほうし。生没年未詳。 

出典・・後拾遺和歌集 ・419。


づぶ濡れの 大名を見る 炬燵かな    
                                                      一茶

(づぶぬれの だいみょうをみる こたつかな)

意味・・冬の冷たい雨の中をずぶ濡れの大名行列が通る。
    私は、ぬくぬくと炬燵に当たりながらその行列
    が通り過ぎるのを眺めている。

    大名の寒さに耐え忍んで行く力強い行列に、哀
    れんで見つめているのだろうか、それとも権力
    者に対するお灸として見つめているのだろうか。
    いやいや、人さまは寒い思いをしているのに私
    は暖かいところに居り幸せだと思っている事で
    しょう。

作者・・一茶=小林一茶。1763~1827。信濃(長野)の
    柏原の農民の子。3歳で生母に死別。継母と不
    和のため、15歳で江戸に出る。亡父の遺産を
    めぐる継母と義弟の抗争が長く続き51歳の時
    に解決し52歳で結婚した。


草枯れの 冬までみよと 露霜の をきてのこせる
白菊の花
                曽禰好忠 

(くさがれの ふゆまでみよと つゆしもの おきて
 のこせる しらぎくのはな)

意味・・草枯れして花も咲かない冬になったので、花を
    見よといって、露も霜も取り除いて花を残して
    白菊が咲いている。美しいことだ。

 注・・をきて=措きて。除く、のける。「置きて」で
     はない。
    露霜=露も霜も草木を紅葉させ枯らすもの。

作者・・曽禰好忠=そねのよしただ。生没年未詳。1000
    年前後に活躍した人。中古三十六歌仙の一人。

出典・・詞花和歌集・129。

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