名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


からさきや 春のさざ浪 うちとけて 霞を映す
しがの山陰       
                  藤原良経

(からさきや はるのさざなみ うちとけて かすみを
 うつす しがのやまかげ)

意味・・唐崎では、春になって湖の氷が解けて
    さざ波が立ち、目を転じると、志賀の
    山陰あたりに霞がゆったりと移動して
    いる。

    琵琶湖湖畔の天地の春の風景を詠んで
    います。

 注・・からさき=唐崎、滋賀県大津市。近江
      八景の一つ。
    春のさざ浪うちとけて=氷が解けて春
     のさざ浪がたつ、の意。

作者・・藤原良経=ふじわらのよしつね。115
    9~1206。38歳。従一位・摂政太政大
    臣。新古今集仮名序作者。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉篇」。


あしびきの 山川の瀬の 鳴るなへに 弓月が岳に
雲立ちわたる 
                                       柿本人麻呂

(あしびきの やまがわのせの なるなえに ゆつき
 がだけに くもたちわたる)

意味・・山川の激しい瀬音が高まってくるにつれて、
    弓月が岳にもくもくと雲が湧き上がって来
    る。

    暗雲たれこめた自然の力強い風景と川の激
    しい音量は、作者の逞(たくま)しく強い意
    志力、精神力を暗示しています。

 注・・あしびきの=「山」の枕詞。
    なへに=前後に述べた事態が同時に進行す
     る意。・・とともに、・・につれて。
    弓月が岳=奈良県桜井市巻向山の最高峰。

作者・・柿本人麻呂=生没年未詳。710年頃活躍し
    た宮廷歌人。

出典・・万葉集・1088。

 


時鳥 声待つほどは 片岡の 森の雫に 立ちや濡れまし

                   紫式部

(ほとどぎす こえまつほどは かたおかの もりのしずくに
 たちやぬれまし)

意味・・ほとどぎすの鳴き声を待っている間は、片岡の森の
    朝露の雫に、立っていて濡れよう。 

    早朝、賀茂神社に参詣(さんけい)したおり、一緒に
    いた人が、「ほとどぎすが鳴いて欲しいものだ」と
    いったので詠んだ歌です。

    曙の美しい情景に片岡の梢が美しく見え、ほととき
    ぎすの声を待つ心のときめきを詠んでいます。

 注・・片岡=京都の賀茂にある丘の名。
    立ちや=「や」は疑問の助詞で「や・・まし」で
    ためらう気持を表わしている。

作者・・紫式部=むらさきしきぶ。970頃~1016頃。

出典・・新古今和歌集・191。


行き暮れて 木の下陰を 宿とせば 花やこよひの 
主ならまし 
                 平忠度

(ゆきくれて このしたかげを やどとせば はなや
   こよいの あるじならまし)

意味・・行くうちに日が暮れて、桜の木の下を今夜の宿と
    するならば、花が今夜の主となってこの悔しさを
    慰めてくれるだろう。

    一の谷の戦いで敗れて落ち行く途中、仮屋を探し
    ている時、敵方に討たれた。この時箙(えびら)に
    この歌が結ばれていた。

    敗者の悲しみとして、明治の唱歌「青葉の笛」に
    なっています。
           https://youtu.be/FMwjw6zfbVQ

    一の谷の 戦(いくさ)敗れ
    討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ
    暁寒き 須磨の嵐に
    聞こえしはこれか 青葉の笛

    更くる夜半に 門を敲(たた)き
    わが師に託せし
    言の葉あわれ
    今はの際(きわ)まで
    持ちし箙(えびら)に
    残れるは「花や今宵」の歌

 注・・行き暮れて=歩いて行くうちに暮れて。

作者・・平忠度=たいらのただのり。1144~1184。
    正四位薩摩守。一の谷の戦いで戦死。

出典・・平家物語。


いざ子供 山べに行かむ 桜見に 明日とも言はば 
散りもこそせめ                
                良寛

(いざこども やまべにゆかん さくらみに あすとも
   いわば ちりもこそせめ)

意味・・さあ子供たちよ、山のあたりに行こう、桜の花を見に。
    明日見に行くと言ったならば、花が散ってしまうであ
    ろうに。

    思いたったが吉日、です。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。


後供は 霞引きけり 加賀の守   
                    小林一茶

(あとどもは かすみひきけり かがのかみ)

意味・・加賀守の百万石の威容を整えた大名行列が
    通っている。それは先払いの制止に続いて、
    先箱・先槍・弓・鉄砲・お籠に徒歩(かち)
    の供ぞろいを従えて、人数は数百人、長さ
    は堂々数丁(数百メートル)に及び行列の後
    尾ははるかかなたにあって、霞にまぎれて
    いる。

    参勤交代の威容を賛美するとともに、行列
    の長さを驚きの目で見ています。また「後
    供」で、参勤交代のばからしさを皮肉ぽい
    目線でこれを眺めているようにも思います。

 注・・後供=従者、下っ端の者。
    加賀の守=石川県加賀藩百万石で前田候。
     家祖は五大家老の一人、前田利家。

出典・・八番日記。


心あらむ 人にみせばや 津の国の 難波あたりの 
春の景色を
                 能因法師
           
(こころあらん ひとにみせばや つのくにの なにわ
 あたりの はるのけしきを)

意味・・情趣を理解するような人に見せたいものだ。
    この津の国の難波あたりの素晴しい春の景色を。

    心あらむ(好きな)人の来訪を間接的に促した歌
    です。

 注・・心あらむ=情趣や美を解する心のある人。

作者・・能因法師=のういんほうし。988~。中古三十
    六歌仙の一人。26歳で出家。
 
出典・・ 後拾遺和歌集・43。


さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 
山桜かな
                 平忠度
             
(さざなみや しがのみやこは あれにしを むかし
 ながらの やまざくらかな)

詞書・・旧都(廃都)に咲く花の心を詠む。

意味・・志賀の古い都はすっかり荒廃してしまったけれど、
    昔のままに美しく咲き匂っている長等山の山桜よ。

    古い都を壬申(じんしん)の乱で滅んだ大津京に設
    定し、その背後にある長等山の桜を配して、人間
    社会のはかなさと悠久(ゆうきゅう)な自然に対す
    る感慨を華やかさと寂しさを込めて表現していま
    す。

 注・・さざ浪=志賀の枕詞。
    ながら=接続詞「ながら」と「長等山」の掛詞。
    長等山=滋賀県大津市にある三井寺の背後にあ
     る山。桜の名所。
    壬申の乱=天智天皇の死後(672年)、皇位継承
     を巡る天皇の実子の大友皇子と天皇の実弟大
     海皇子の争いに端を発した古代最大の内乱。

作者・・平忠度=たいらのただのり。1144~1184。平
    家全盛の時も傍流的な存在で正四位・薩摩守で
    終わる。歌人として有名。

出典・・千載和歌集・66、平家物語。


ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 
花の散るらむ
                 紀友則

(ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しずこころ
 なく はなのちるらん)

意味・・春の陽射しはのどかにゆきわたっているのに、
    どうして桜の花はそわそわと散り急ぐのだろうか。

    のどかな春、のどかに咲いた桜の花。いつまでも
    このままであってほしい。

 注・・ひさかたの=天・空・日・月などにかかる枕詞。
    静心(しずこころ)=落ち着いた心。

作者・・紀友則=きのとものり。生没年未詳。貫之とは従兄
     弟に当たる。古今集の撰者であったが完成前に没
     した。

出典・古今和歌集・84、百人一首・33。


おもふどち 春の山べに うちむれて そこともいはぬ 
旅寝してしが        
                  素性法師
 
(おもうどち はるのやまべに うちむれて そこともいわぬ
 たびねしてしが)

意味・・親しい仲間同士で、春の山辺に連れ立って遊びに
    行き、どこというあても定めないで気の向くまま
    の旅寝をしたいものだなあ。

 注・・おもふどち=親しい仲間同士。
    そことも=どことも決めないで。
    しが=実現できないがもし可能なら・・したい。

作者・・素性法師=そせいほうし。909年頃没。遍照の子。

出典・・古今和歌集・126。

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