名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


山ざくら 峯にも尾にも 植えをかむ みぬ世の春を
人や忍と

                  西園寺公経

(やまざくら みねにもおにも うえおかん みぬよの
 はるを ひとやしのぶと)

意味・・山桜の若木を、山の頂にも尾根にも植えておこう。
    私は見ることが出来ないが、満開に咲き誇る春を、
    後の世の人々が賞美するだろうと。

            この別宅の庭には峯になったところも低地になった
    ところもあるが、そのどこにもみんな山桜を植えてお
    こう。そううすれば、ずっと後世の人も、私が全盛期
    にどれほど素晴らしい景色を眺めていたか、想像し
    てくれるだろうから。

    公経の絶頂期に西園寺にて詠んだ歌です。自分の
    権威を誇示するかのように、京の北山に広大な別
    宅を構えた。田園だった地域を大々的に造成して、
    山林や池を作って奥深い感じを出したという。この
    別宅は後に足利三代将軍義満が手に入れ、現在
    の金閣寺を造営した。

 注・・見ぬ世の春=私は見ることのない春。
    西園寺公経が京都北山に建てた寺。後に足利
    義満が金閣寺を建てる。

作者・・西園寺公経=さいおんじきんつね。1171~1244。
    従一位太政大臣。金閣寺の前身である西園寺を
    健立。

出典・・後藤安彦著「短歌で見る日本史群像」。


あさみどり 柳の糸の うちはへて 今日もしきしき
春雨ぞ降る
                 藤原為基 

(あさみどり やなぎのいとの うちはえて きょうも
 しきしき はるさめぞふる)

意味・・浅みどりの柳の糸が長く垂れて、その柳の枝に、
    今日も静かに春雨が降り続いている。

 注・・うちはへ=打ち延へ。引き続いて、ずっと長く。
    しきしき=頻頻。しきりに。

作者・・藤原為基=ふじわらのためもと。生没年未詳。
     鎌倉・南北朝期の歌人。

出典・・風雅和歌集・109。


亡き母を したひよわりて 寝たる児の 顔見るばかり
憂きことはあらじ         
                   橘曙覧

(なきははを したいよわりて ねたるこの かおみる
 ばかり うきことはあらじ)

意味・・亡くなった母に向って、お母さん、お母さんと
    言って泣き続けていた児の疲れて寝てしまった
    顔を見る事ほど辛いことはないだろう。

    曙覧の門人の妻が亡くなった時に詠んだ歌です。

 注・・したひ=慕ひ、慕って。
    よわりて=呼わりて、呼び続けて。
    憂き=辛い。

作者・・橘曙覧=たちばなあけみ。1812~1868。早く
    父母に死に分かれ、家業を異母弟に譲り隠棲。
    福井藩の重臣と親交。

出典・・岩波文庫「橘曙覧全歌集」。


あおによし 奈良の都は 咲く花の 薫ふがごとく 
今盛りなり
                 小野老

(あおによし ならのみやこは さくはなの におう
 がごとく いまさかりなり)

意味・・奈良の都は、咲いている花が色美しく映える
    ように、今や真っ盛りである。

    奈良の都の繁栄の様子を捉えています。

 注・・あおによし=奈良に掛る枕詞。
    薫ふ(にほふ)=色が美しく照り映える。

作者・・小野老=おののおゆ。~737。太宰小弐とし
    て帥(長官)大伴旅人の配下にいた。

出典・・万葉集・328。


水の音に 似て鳴く鳥よ 山ざくら 松にまじれる
深山の昼を
                 若山牧水

(みずのねに にてなくとりよ やまざくら まつに
 まじれる みやまのひるを)

意味・・人家から遠く離れた山中の静かな春の昼、松
    の緑の中に咲きまじった山桜があざやかに浮
    き立ち、あたりにはうららかな春の日ざしが
    充ち満ち、どこかで一羽の小鳥が鳴いている
    が、その声が小鳥というよりはなんだか細い
    水の音を思わせて澄んでひびいている。
    
 注・・水の音(ね)=「ね」という場合は「声」で「
     水音」とは感じが違い、もっと細く、もっ
     と澄んだひびきを持ち、チロチロとかチョ
     ロチョロとかいうような細く流れる水のひ
     びき。
    深山=深山渓谷などというほどの大袈裟なも
     のでなく、人里離れた山中くらいの意。

作者・・若山牧水=わかやまぼくすい。1885~1928。
    早稲田大学卒。尾上柴舟に師事。旅と酒を愛
    す。

出典・・歌集「別離」。


石ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に 
なりにけるかも
               志貴皇子
             
(いわばしる たるみのうえの さわらびの もえいずる
 はるに なりけるかも)

意味・・水が激しく岩にぶつかり落ちる滝のほとりの蕨
    が今こそ芽吹く春になったことだなあ。

    雪どけのために水かさが増した滝のほとりに、
    芽吹いたワラビを見つけたことを、長い間待ち
    焦がれた春の訪れとして受け取り、率直な喜び
    を歌っています。

    詞書では「歓びの歌一首」とあり、これは何か
    の喜びを抽象的に歌ったものです。
    大きな仕事を成し遂げた時の晴れ晴れとした気
    持が感じさせられます。

 注・・垂水の上=滝のほとり、垂水はたれ落ちる水の
    こと。

作者・・志貴皇子=しきのみこ。~715。天智天皇の子。

出典・・万葉集・1418。


天離る 鄙の長道ゆ 恋来れば 明石の門より 
大和島見ゆ     
               柿本人麻呂

(あまざかる ひなのながちゆ こいくれば あかしの
 とより やまとしまみゆ)

意味・・遠い田舎の長い道のりをひたすら都恋し
    さに上って来ると、明石海峡から大和の
    山々が見える。

    九州から都に上る時の歌で、家を恋しな
    がらの旅の終わりが近ずき、畿内に入れ
    た喜びを詠んでいます。

 注・・天離(あまざか)る=鄙の枕詞。
    鄙=都から離れた所、いなか。
    門(と)=瀬戸、海峡。
    大和島=明石より島のように見える生駒
      葛城連山を指す。

作者・・柿本人麻呂=かきのもとのひとまろ。七
    世紀後半から八世紀初頭の人。万葉時代
    の最大の歌人。

出典・・万葉集・・255。


露の世は露の世ながらさりながら
                 小林一茶

(つゆのよは つゆのよながら さりながら)

意味・・この世は露のようにはかないものと
    よく知っているが、それでもやはり
    いとしい我が子の死はあきらめきれ
    ぬものだ。

    1819年6月21日に長女さとが
    疱瘡(ほうそう)のため亡くなった
    時の句です。

作者・・小林一茶=こばやしいっさ。1763~
    1828。

出典・・おらが春。


蹴られても 転ばされても 黒白の サッカーボールを
追いかけてゆく
                 山口慶二

(けられても ころばされても くろしろの サッカー
ボールを おいかけてゆく)

意味・・サッカーをしていると、蹴られる事も転倒する
    事もある。痛いとか辛いとか思わずに、また、
    サッカーボールを目指して追っかけている。

    何事にも、一途に熱中する姿は青春そのもので
    あり、何事にも替え難く尊いものです。

作者・・山口慶二=やまぐちけいじ。生没年未詳。`93
      当時徳島県板野高校三年生。

出典・・短歌青春(東洋大学・現代学生百人一首)


ときはなる 松の緑も 春くれば いまひとしほの 
色まさりけり 
                源宗干

(ときわなる まつのみどりも はるくれば いまひとしおの 
 いろまさりけり)
 
意味・・松の緑は一年中、色が変わらないが、その松
    までも春が来たので今日は一段と色がまさっ
    ていることだ。

    「松の緑も」というこで、他の木々には当然
    春色が訪れている事を語っています。

 注・・ときは=常盤、永久に状態の変わらないこと。
    いまひとしほ=さらに一段と。

作者・・源宗干=みなもとのむねゆき。939年没。正
      四位摂津守。

出典・・古今和歌集・24。

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