名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


くるに似て かへるに似たり 沖つ波 立居は風の

吹くにまかせて
                  貞心尼

(くるににて かえるににたり おきつなみ たちいは
 かぜの ふくにまかせて)

意味・・人の運命は、寄せて来ると思えば戻る波のよう
    なものである。喜びがあれば憂いもあり、成功
    もすれば失敗もする。だから、努力した結果は
    幸も不幸も風の吹くまま運命にまかせよう。

    辞世の歌です。

作者・・貞心尼=ていしんあま。1798~1872。尼僧。
    30歳の時、良寛に出会い禅を修行する。

出典・・宣田陽一郎著「辞世の名句」。


終夜 燃ゆる蛍を 今朝見れば 草の葉ごとに
露ぞ置きける
               健守法師

(よもすがら もゆるほたるを けさみれば くさの
 はごとに つゆぞおきける)

意味・・一晩中、燃え輝いていた蛍を眺めていたが、
    今朝見て見ると、蛍に代わって、草の葉一つ
    一つに露が置いてきらきらと光っている。

    夜は蛍が光り、朝は玉の露が光って目を楽し
    ませてくれた喜びを詠んでいます。

作者・・健守法師=けんしゅほうし。生没年未詳。
    1000年前後に活躍した人。

出典・・拾遺和歌集・1078。


あさみどり かひある春に あひぬれば 霞ならねど
立ちのぼりけり
                   しろ女 

(あさみどり かいあるはるに あいぬれば かすみ
 ならねど たちのぼりけり)

意味・・浅緑色に草木も萌える春。この生き甲斐のある
    春に折よくめぐり合いましたので、霞ではあり
    ませんがまるで心も空に立ちのぼるばかりです。

    地名の「鳥飼」を詠み込んだ歌です。地名を詠
    み込んだだけでなく、「生き甲斐のある」処遇
    に感謝の心を詠み込んでいます。
    
    「とりかひ」は「あさみどり かひある春に」
    に詠みこまれています。

    大和物語146段にある歌で、あらすじは下記参照。

 注・・鳥飼=大阪摂津市にある地名。

作者・・しろ女=しろめ。大和物語に出て来る遊女。
     従四位丹波守大江玉渕(たまぶち)の息女。

出典・・大和物語・146段。

大和物語146段のあらすじです。

    「ある日、宇多院は出遊して鳥飼の離宮に赴き、
    ここに遊女を召して遊宴を張った。中でも声の
    よい歌い手であるしろ女は気品高い容貌をもっ
    た由緒ありげな遊女であった。目を留めて人に
    尋ねると、何とこれが従四位丹波守玉渕(たま
    ぶち)の息女のなれの果てである事が分った。
    大江玉渕といえば都でも名ある学問の家である。
    院はしろ女の転落にいたく同情しつつ、試みる
    ように、「とりかひ」の地名を詠みこんだ歌を
    求めてみた。
    上記の歌が、この時のしろ女の即詠の歌である。
    しろ女はこの一首を媒介として、宇多院の保護
    を受け、幸運な生活が出来る事になった。」

 


恋しさは その人かずに あらずとも 都をしのぶ
中に入れなん      
                  藤原有定
               
(こいしさは そのひとかずに あらずとも みやこを
 しのぶ うちにいれなん)

意味・・私への恋しさは、意中の人の数の中に入って
    いなくとも、せめて都を思い懐かしむ人の中
    に入れて下さい。

    橘為仲朝臣が陸奥守になって行く時の離別の
    歌です。自分を忘れないで欲しいというささ
    やかな願望です。

 注・・その人かず=恋しい人に数えられるべき人。

作者・・藤原有定=ふじわらのありさだ。1043~1094。
    淡路守、従五位上。

出典・・金葉和歌集・347。


これぞこの 仏の道に 遊びつつ つくや尽きせぬ
御法なるらむ       
                貞心尼

(これぞこの ほとけのみちに あそびつつ つくや
 つきせぬ みのりなるらん)

意味・・これが仏の道を学ぶ手段として手鞠を
    ついて良寛様は遊んでおりますが、い
    くらついてもつき終わる ことがなく、
    これが仏の教えというものなのでしょ
    うか。

    良寛さんは手毬を撞いて遊んでいると聞き
    ますが、そこに尽きせぬ仏への精進の道が
    私には窺(うかが)われます。私も一緒に遊
    び仏道を学びたいと思います。
    どのようにして、仏道の心髄をを体得して、
    悠々自適の生活を楽しんでいられるのでし
    ょうか。私もお導き下さい。

    30歳の時、良寛の弟子入りをする為に、
    訪問して詠んだ歌です。無邪気な良寛の姿
    に仏道を見ています。

    良寛の返歌です。

つきてみよ 一二三四五六七八 九十 十とおさめて
また始まるを         
                  良寛
                 
(つきてみよ ひふみよいむなや ここのとお とおと
 おさめて またはじまるを)

意味・・私について、毬をついてみなさい。一二三四五
    六七八九十と、十で終わり、また一から始まって
    限りが無いように、仏の教えも限りのないもの
    だよ。

    この手毬をついて無心になる気持ちを求めるな
    らば、理屈や言葉ではなくて、あなたもどうぞ
    一緒に手毬を撞いてごらんなさい。一二三と十
    まで撞いたらまた繰り返してひたすら撞いて行
    く。夢中になっている時に、実は本当の仏の世
    界が開けるのですよ。

    扉は叩いてごらんなさい。思った事は先ず試し
    てみなさい。実行してみてから、その次はまた
    その時考えて実行に移してゆくことです。あな
    たがもし私に逢いたいならば遠慮なくどうぞ。

    一から十まで初めから終わりまで、身の回りに
    あるもの全てが道ですよ。その道一筋に励むな
    らば、どこでも道を見つける事が出来るのです
    よ、自分のすべきを一途にするなら、そこに仏
    道が開けます。夢中になっている時に実は本当
    の仏の世界が開けてくるのですよ。

 注・・つく=撞く。ここでは手毬を撞く。
    御法(みのり)=仏法の敬称。

作者・・貞心尼=ていしんあま。1798~1872。俗名奥
    村マス。武士の娘。17歳で結婚22歳で離別。
    23歳で出家。30歳の時、良寛の弟子になる。
     


函館の 青柳町こそ かなしけれ 友の恋歌
矢ぐるまの花    
                石川啄木

(はこだての あおやぎちょうこそ かなしけれ ともの
 こいうた やぐるまのはな)

意味・・函館の青柳町時代はとりわけ懐かしい。友の
    恋歌をきいて楽しんだあの頃の生活よ。家の
    周囲に咲きにおう矢車の花の思い出よ。
    
 注・・かなし=愛し。いとしい、身にしみて思う。

作者・・石川啄木=1886~1912。享年26歳。

出典・・一握の砂。


山かくす 春の霞ぞ うらめしき いづれ都の 
さかひなるらむ
                乙

(やまかくす はるのかすみぞ うらめしき いずれ
 みやこの さかいなるらん)

意味・・山にかかって、視界をさえぎっているあの霞に恨みを
    言ってやりたい。いったいどっちの方が都のあたりに
    なるのだろう。

    東国から京に上る時、のどかな田園風景の中で詠まれ
    たものです。帰心の矢のごとしの気持の歌です。    

 注・・さかひ=境界ではなく土地そのものをいう。方面。

作者・・乙=おと。生没年未詳。壬生益成(887年従五位)の娘。

出典・・古今和歌集・413。


東風ふかば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 
春を忘るな
                  菅原道真

(こちふかば においおこせよ うめのはな あるじなしとて
 はるをわするな)

意味・・春になって東風が吹いたならば、その風に託して
    花の香を西の大宰府まで送っておくれ、梅の花よ。
    主人がいなくなったからといって花咲く春を忘れ
    ないで欲しい。

    詞書に「大宰府に流される時、家の庭の梅を見て」
    とあります。
    心境として、イエスマンにならなかったばかりに、
    大宰府に左遷となった。残った同僚よ、私みたいな
    人がいたと、時折思い出して欲しい。

 注・・東風(こち)=東から吹いて来る風。
    おこせよ=遣せよ、送っておくれ。

作者・・菅原道真=すがわらのみちざね。845~903。従二
    位右大臣。漢学者。大宰府権帥(ごんそち)に左遷さ
    れた。

出典・・拾遺和歌集・1006。


つけ捨てし 野火の烟りの あかあかと 見えゆく頃ぞ

山はかなしき
                   尾上柴舟

(つけすてし のびのけぶりの あかあかと みえゆく
 ころぞ やまはかなしき)

意味・・つけ捨てられたままの野火の煙が、日の暮れる
    につれて赤々と空を染め上げていく。その野火
    の赤い煙を眺めていると、実に物悲しい気分に
    なってくる。

    誰がつけた火か、村の人が山焼きをしているの
    に違いありません。その火は昼も夜も燃え続け、
    遠くから見ていると、筋を引くように、あるい
    は糸のように、ある時は少し幅もみせて、右
    にも左にも燃え移って行きます。それをじっと
    見ていいる作者には、いつしかいいしれぬ悲し
    みが染み渡ってきます。

    悲しみの理由は分りません。時がくれば、次の
    準備を整えて行かねばならない人々の生活のけ
    わしさを感じたのか、燃えつつやまぬ勢いの火
    にも、いつかは消えてしまう時のあるのを思う
    ためか、それとも、春を待つ心のしのびよって
    くる頃の感傷によるものか、あるいはまた、大
    きい山の自然に比べてそれにいどむ火に象徴さ
    れた人の営みを小さくはかなく思う心のためか。

    窪田空穂の批評は「自らを愛し、自らの完成を
    願う心を持っている我々に、どうして悲しみが
    なくていられよう。悲しみとは願いのまたの名
    である」といっています。
    燃えている野火を見、その煙のなびく方を見て
    いると、その美しい赤い色の鮮やかさにもかか
    わらず、なにがしの悲しさが心のうちにいっぱ
    い広がり、心は山に引き寄せられるのです。
    その悲しみは、空穂の言葉のように生きるため
    の切実な願いと裏腹となっている.

注・・野火=春の初めなどに野山の枯れ草を焼く火。

作者・・尾上柴舟=おのえさいしゅう。1876~1957。
    東大国文科卒。仮名書道の大家。

出典・・歌集「日記の端より」(湯浅竜起著「短歌鑑賞
    十二ヶ月)。


山深み 春とも知らぬ 松の戸に たえだえかかる 
雪の玉水
                式子内親王

(やまふかみ はるともしらぬ まつのとに たえだえ
 かかる ゆきのたまみず)

意味・・山が深いので、春になったとも知らない山家(やまが)
    の松で作った戸に、とぎれとぎれに雪どけの玉のよう
    に美しい滴(したた)りが落ちかかっている。

    しんと静まった風景の中で滴りの音だけがする。この
    ことより、深山の雪に埋もれた山荘にも、かすかな春
    の訪れが来た事を詠んでいます。

 注・・松の戸=松の枝や板でを編んで作った粗末な戸。
    たえだえに=とぎれとぎれに。

作者・・式子内親王=しよくしないしんのう。1149~1201。
    後白河院皇女。

出典・・新古今和歌集・3。
 

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