名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

すがる鳴く 秋の萩原 朝たちて 旅ゆく人を いつとか待たむ
                        読人しらず

意味・・野には萩が一面に咲き乱れ、蜂がぶんぶんと飛び交う
    秋となった。その美しい萩の花を分けて、うちの人は
    朝立ちの旅に出るのだが、無事に帰ってくれるのは
    はたしていつのことだろうか。

    不便や危険が多かった昔、旅に出る人を送る時の
    不安な気持や夫との別れを悲しむ女性の気持を詠ん
    だものです。

 注・・すがる=腰の細い小型の蜂の古名。じが蜂。
    人=特定の人を指していう語。あの人。夫。
    いつとか待たむ=いつ帰って来ると私は待つのだろ
      うか。「いつまで待っても帰るまい」という気持
      も含まれている。

鍋の尻 ほし並べたる 雪解かな     一茶

(なべのしり ほしならべたる ゆきげかな)

意味・・春めいてきて、信濃(しなの)の根雪も解け
    はじめる。冬の間たき火で煤けきっていた
    鍋の類も、門川の水できれいに磨きあげられ
    日向に干し並べられる。
    その磨きたてられた鍋の尻にきらめく明るい
    日差しに、長い冬からの開放感と、新しい
    季節の躍動が生き生きと感じられる。

見渡せば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける 
                     素性法師

(みわたせば さくらやなぎを こきまぜて みやこぞ
 はるの にしきなりける)

意味・・はるかに京を見渡すと、新緑の柳は紅の桜を
    とり混ぜて、都は春の錦であるのだなあ。

    眺望のきく高みから臨んで、都全体を緑と
    紅の織り込まれた錦と見たものです。
    「春の」とあるのは、ふつう、錦と見立て
    られるのが秋の山の紅葉であるためです。

妹もわれも 一つなれかも 三河なる 二見の道ゆ
別れかねつる             高市黒人

(いももわれも ひとつなれかも みかわなる
 ふたみのみちゆ わかれかねつる)

意味・・あなたも私も一つであるからか、三河の
    国にある二見の道から別れられない。

    一、二、三の数字を詠み込んだ、洒落の
    歌です。

 注・・妹=男性から女性を親しんでいう語。
      妻・恋人にいう。

さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 
山桜かな
             平忠度(たいらのただのり)
             (千載和歌集・66)

(さざなみや しがのみやこは あれにしを むかし
 ながらの やまざくらかな)

意味・・志賀の古い都はすっかり荒廃してしまったけれど、
    昔のままに美しく咲き匂っている長等山の山桜よ。

    古い都を壬申(じんしん)の乱で滅んだ大津京に設定し、
    その背後にある長等山の桜を配して、人間社会の
    はかなさと悠久(ゆうきゅう)な自然に対する感慨を
    華やかさと寂しさを込めて表現しています。

 注・・さざ浪=志賀の枕詞。
    ながら=接続詞「ながら」と「長等山」の掛詞。

作者・・平忠度=1144~1184。正四位下・薩摩守。

霜やけの 手を吹いてやる 雪まろげ   羽紅(うこう)

(しもやけの てをふいてやる ゆきまろげ)

意味・・雪まろげに興じていた子供の手を見ると、
    霜やけで赤くはれているので、息を吹き
    かけ温めてやった。

    いかにも母親らしい、子を思う情愛に
    あふれた句です。

 注・・雪まろげ=雪を丸め転がして大きくすること。
    

駿河なる 宇津の山べの うつつにも 夢にも人に 
逢はぬなりけり            在原業平

(するがなる うつのやまべの うつつにも ゆめにも
 ひとに あわぬなりけり)

意味・・私は今駿河の国にある宇津の山のほとりに来て
    いますが、現実にお会い出来ないのはもちろん、
    夢の中でさえもお会いすることが出来ません。
    (あなたはもう、私を思ってくださらないのですね)

    当時は、相手が思っていてくれる時は、その姿が夢
    に出ると信じられていた。「夢にも人に逢はぬ」は、
    その人がすでに自分のことを思っていないのではと
    嘆いているのです。

 注・・駿河なる宇津の山=静岡県宇津谷峠。「宇津」で「うつ」
       を導いています。
    うつつ=現実。
    

泰平の ねむりをさます じょうきせん たった四はいで
夜も寝られず

(たいへいの ねむりをさます じょうきせん たったしはいで
 よるもねられず)

意味・・日頃安らかに眠れていたのに、上喜撰というお茶をたった
    四杯飲んだら、興奮して夜になっても寝られなくなった。
    平和な世の中であったが、蒸気船がたった四隻来ただけ
    で世の中は大騒ぎとなってうかうか夜も寝られなくなった。

    1853年ペリーが浦賀沖に四隻の蒸気船に乗ってやって
    来た。当時、徳川幕府は鎖国をしていたものの長崎のみで
    朝鮮・中国・オランダとの交易をしていた。ペルーは長崎
    以外の港も認めるべしと恫喝外交でせまって江戸湾にも
    艦隊を進入させ徳川幕府を驚かした。

 注・・じようきせん=宇治の銘茶である「上喜撰」、カフェイン
       の度が強いので飲むと興奮して夜は寝られない。
       それと「蒸気船」を掛けている。

淡雪の ほどろほどろに 降り敷けば 平城の京し 思ほゆるかも
                          大伴旅人

(あわゆきの ほどろほどろに ふりしけば ならのみやこし
 おもおゆるかも)

意味・・泡のような雪がひらひらと降って一面に降り敷くと、
    あの奈良の都が思われることだなあ。

    大宰府に居た時の作です。大宰府は都に比べれば雪が
    珍しく、それたけに、雪を見るとすぐさま都に思いを
    はせたものです。

 注・・ほどろほどろ=はらはらと、まだらに。
    平城の京し(ならのみやこし)=奈良の都が。


    

いねいねと 人にいはれつ 年の暮   路通

(いねいねと ひとにいわれつ としのくれ)

意味・・年の暮、人に頼って生活をするような境遇の
    自分は、あちらでもこちらでも「あっちへ行け」
    と言われ、冷たくあしらわれることだ。

    漂泊の僧として乞食生活を送った路通らしい
    句です。同門のみならず芭蕉にも不評を買った
    身の上を「いねいね」という語で厳しく見つめて
    います。

 注・・いね=去ね、行け。

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