名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞


梅もみな 春近しと 咲くものを 待つ時もなき
我や何なる
                紀貫之 

(うめもみな はるちかしと さくものを まつとき
 もなき われやなになる)

意味・・梅でさえもどれもが春が近いといって花咲く
    のに、開花する時を待つことのない、我が身
    は一体何なのだろう。

    開花した梅の花と対比して、不遇な身の上を
    嘆いた歌です。

作者・・紀貫之=きのつらゆき。872~945。従五位・
    土佐守。古今和歌集の撰者、仮名序を執筆。

出典・・拾遺和歌集・1157。


去年の秋 虫の音聞きに 来し野べに 若菜摘みつつ
帰る今日かも
                  良寛

(こぞのあき むしのねききに こしのべに わかな
 つみつつ かえるきょうかも)

意味・・去年の秋に、虫の音を聞くため、やってきた
    野原であったが、今年は若菜を摘んで帰る今
    日の日であることよ。

作者・・良寛=りょうかん。1758~1831。越後
    出雲崎に神官の子として生まれる。18歳
    で曹洞宗光照寺に入山。

出典・・谷川俊朗著「良寛全歌集」。
 


春日野の 下萌えわたる 草の上に つれなく見ゆる 
春の淡雪
                 源国信

(かすがのの したもえわたる くさのうえに 
 つれなくみゆる はるのあわゆき)

意味・・春日野の地中から一面に生え出る草の上に、春に
    なっても降る淡雪のなんと無情なことか。

    草が萌え花が咲き出してもう春だというのに、淡
    雪が降ったという驚きです。

    心に思い続けている女性が無情にも素知らぬ顔を
    している事も暗示しています。

 注・・春日野=奈良市奈良公園の一帯。
    下萌えわたる=地中から一面に生え出る草。下燃
     えわたる(心に思い続ける)を掛ける。
    つれなく=無情にも。
    淡雪=消えやすい薄雪。

作者・・源国信=みなもとのくにのぶ。1068~1111。正
    二位権中納言。

出典・・新古今和歌集・10。

 

堀りておきし 池は鏡と こほれども 影にも見えぬ
年ぞ経にける            
                  詠み人知らず

(ほりておきし いけはかがみと こおれども かげにも
 みえぬ としぞへにける)

意味・・かって掘った池は寒くなった今は凍って鏡の
    ようになっているが、見た目には少しも変ら
    ぬながら、あれから長い年月が経ったものだ。

    自分の家を建てて数十年後の一段落した時に
    振り返り、よくぞこの家を建てたものだ、あ
    れからどれくらい経っただろうか、と思う気
    持ちと同じです。

 注・・影にも見えぬ=様子は少しも変わらないのに。

出典・・新撰万葉集。

 


  春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや
春日暮らさむ
                 山上憶良
            
(はるされば まずさくやどの うめのはな ひとり
 みつつや はるひくらさん)

意味・・春が来ると真っ先に咲く庭前の梅の花、この
    花を、ただ一人見ながら長い春の一日を暮す
    ことであろうか。

    大宰府で大伴旅人等とともに宴で詠んだ歌で、
    二年前ここで妻を亡くした旅人の孤独な心境
    にも立っています。

作者・・山上憶良=やまのうえおくら。660~733。
    筑前守・従五位下。

出典・・  万葉集・818。


吾妻やまに 雪かがやけば みちのくの 我が母の国に
汽車入りにけり
                   斎藤茂吉

(あづまやまに ゆきかがやけば みちのくの わが
 ははのくにに きしゃいりにけり)

意味・・国境の吾妻山に残雪が白々と輝き、わが汽車は
    いよいよ母の病むふるさとに入ったことだ。

    「死にたまふ母」の題で詠まれた歌です。
    残雪を輝やかしながらまともに迫る山膚(はだ)、
    ああ、汽車はもうふるさとの土の上を走ってい
    るのだ。こう思った時の引き締まるような緊張
    感が一首を貫いています。特に「我が母の国に
    入りにけり」という厳しい調べは、いよいよ重
    態の母にま向かわねばならないという思いを伝
    えています。

 注・・吾妻やま=吾妻山。福島・山形の県境にある山
     で2024m。
    雪かがやけば=残雪が輝き。
    我が母の国=母が病んでいるふるさと。

作者・・斎藤茂吉=さいとうもきち。1882~1953。東大
    医科卒。精神病医。伊藤佐千夫に師事。

出典・・歌集「赤光」(学灯社「現代短歌評釈」)
 


 山ざとの かきねは雪に うづもれて 野辺とひとつに
なりにけるかな
                  藤原実定

(やまざとの かきねはゆきに うずもれて のべと
 ひとつに なりにけるかな)

意味・・山里の我が家の垣根は雪に埋もれて、庭と野
    原とが、ひとつになってしまっている。

    庭も垣も野も一様に埋め尽くした山里の大雪
    のさまを歌っています。 

作者・・藤原実定=ふじわらのさねさだ。1139~1191。
     正四位下左中将。 

出典・・千載和歌集・457。


 枯れはつる 藤の末葉の かなしきは ただ春の日を
たのむばかりぞ           
                  藤原顕輔

(かれはつる ふじのすえばの かなしきは ただ
 はるのひを たのむばかりぞ)

意味・・すっかり落ちぶれた、この藤原氏の末流の
    悲しいことには、ひたすら春日の神を頼る
    ことだけなのです。

    藤の若芽が春の陽で芽ぶくように、春日の
    氏神様の御威光で、藤原の私にも目が出ま
    ますようにとの願いです。    

 注・・春の日=春の陽光に春日明神を掛ける。
    藤の末葉=「藤原氏の末裔」を掛ける。
     
作者・・藤原顕輔=ふじわらのあきすけ。1090~
    1155。左京大夫・従三位。「詞花和歌集」
    の撰者。

出典・・詞花和歌集・339。

 


君を思ひ おきつの浜に 鳴く鶴の たづねくればぞ
ありとだに聞く
                 藤原忠房

(きみをおもい おきつのはまに なくたづの たずね
 くればぞ ありとだにきく)

意味・・鶴が君を思い続け興津の浜で鳴いている。私が
    君の健在な事だけでも聞くことが出来たのは、
    君を思い訪ねて来たからだ。

    紀貫之が和泉の国にいる時、忠房がこの地を訪
    れた時に贈った歌で、直接面会したのではなく、
    健在という噂だけを聞いて贈ったものです。鶴
    は忠房自身です。

    私はあなたの事を心配して、このように訪ねて
    来たからこそ、あなたがつつがなくいる事を聞
    いたのです。安心しました。

 注・・思ひおきつ=思い置く、心中にたえず思うこと、
     心配する。興津(今の大阪府泉大津市)を掛け
     る。
    あり=この世に生きていること。無事である。
    だに=最小限の希望が叶えられた意。

作者・・藤原忠房=ふじわらのただふさ。925年没。山
    城守。

出典・・古今和歌集・914。

 

酪農を していた頃を 思いつつ 牛舎跡地に 
降る雪を見る
                井上和真

(らくのうを していたころを おもいつつ ぎゅうしゃ
 あとちに ふるゆきをみる)

意味・・家業が酪農経営であった頃、私は手伝って、牛
    を外に出したり、餌をやったり、牛舎の掃除を
    していた。今は廃業となり、牛舎は取り壊され
    ている。今、その跡に雪が降り出した。そして
    昔が懐かしく思い出されて来る。寒い時の作業
    が思い出されて来る。

    どうして「酪農」を止めたのか。不況のためか、
    両親の病気のためか、もしかしたら作者が跡を
    継がなかったためかも知れないが、作者はその
    止めた理由を言っていないのだから、止めた理
    由に感慨があるのではなく、止めたこと自体を
    今思っているのである。

作者・・井上和真=いのうえかずま。`94年当時北海道
    稚内商工高校二年生。

出典・・東洋大学「現代学生百人一首」。

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