名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

人も惜し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆえに
もの思ふ身は        後鳥羽院(ことばいん)

(ひともおし ひともうらめし あじきなく よを
 おもうゆえに ものおもうみは)

意味・・人がいとしくもあり、恨めしくも思われる
    ことだ。思うようにならないと、この世を
    思うゆえに、あれこれと物思いをする私の
    身は。

    鎌倉幕府との軋轢(あつれき)が深まる中、
    思うようにまかせない事の多い心中を詠ん
    だ歌です。

 注・・惜し=大切で手放しにくい、いとしい。
    恨めし=他人の仕打ちが恨みに思われる。
    あぢきなく=面白くない、つまらない。

作者・・後鳥羽院=1180~1239。承久の乱で隠岐
      に流される。「新古今集」の撰集を
      命じる。

(6月13日分です)

心だに いかなる身にか かなふらむ 思ひ知れど
思ひ知られず      紫式部(むらさきしきぶ)

(こころだに いかなるみにか かなうらん おもい
 しれど おもいしられず)

意味・・自分で満足のいく身の上というようなもの
    など、ありはしない。それは承知している
    けれど、諦めきれるものではない。

    他人が羨望するような良い所に就職出来た
    ものの、その中での人間関係が上手く行か
    ない。自分の思い通りになれるものではな
    いと、分かっていても何とかならぬかと諦
    めきれない、というような気持ちを詠んで
    います。    

 注・・心だに=気持ちの中で。
    かなふ=適ふ、思いどおりになる。
    思知れど=道理などをわきまえる、悟る。

作者・・紫式部=973?~1019?。藤原為時の娘。
      「源氏物語」「紫式部日記」の作者。

さみだれの かくて暮行 月日かな  蕪村(ぶそん)

(さみだれの かくてくれゆく つきひかな)

意味・・今日もししとしと降る雨になすこともなく
    暮れて行き、そして無為にこうして月日が
    過ぎて行く。

    雨のために予定の行事が中止になり、かと
    いってそれに変わってすることも無く、そ
    の日をぶらぶらして過ごしたような状態を
    詠んでいます。

作者・・与謝蕪村=1716~1783。文人画家(南宗画)。
      

種まきし その世ながらの 友なれや 苔むす岩も
高砂の松      源政賢(みなもとのまさかた)

(たねまきし そのよながらの ともなれや こけむす
 いわも たかさごのまつ)

意味・・種をまいたその昔からの友であろうか。苔の
    むす高く大きな岩と木高い高砂の松は。

    岩と松は風光明媚な取り合わせであり、岩と
    苔の組み合わせは厳かな気持ちを誘う。これ
    らの組み合わせは一朝一夕で出来ないもので
    あり、その詠嘆を詠んでいます。

 注・・苔むす=苔生す、苔が生える。
    高砂=兵庫県高砂市付近。播磨の国の歌枕。
      岩と松の「高し」を掛ける。

作者・・源政賢=~1487。従二位権大納言。

函館の 青柳町こそ かなしけれ 友の恋歌
矢ぐるまの花    石川啄木(いしかわたくぼく)

(はこだての あおやなぎまちこそ かなしけれ ともの
 こいうた やぐるまのはな)

意味・・函館の青柳町時代はとりわけ懐かしい。友の
    恋歌をきいて楽しんだあのころの生活よ。家
    の周囲に咲きにおう矢車の花の思い出よ。    

 注・・かなし=愛し、いとしい、身にしみて思う。

作者・・石川啄木=1886~1912。享年27歳。歌集に
      「一握の砂」、「悲しき玩具」など。

昔見し 象の小川を 今見れば いよよさやけく
なりにけるかも     大伴旅人(おおとものたびびと)

(むかしみし きさのおがわを いまみれば いよよ
 さやけく なりにけるかも)

意味・・昔見た象(きさ)の小川を今再び見ると、流れ
    は昔にましていよいよますます清らかである。

    象の小川、すなわち離宮を讃えた歌でもあり
    人の成長していくのを讃えた歌でもある。

 注・・象(きさ)の小川=喜佐谷を流れて宮滝(離宮が
      あった所)で吉野川に注ぐ川。
    いよよ=いよいよ、ますます。

作者・・大伴旅人=665~731.太宰師(そち・長官のこと)、
      大納言、従二位。人事を詠んだ歌が多い。

もの思へど かからぬ人も あるものを あはれなりける
身の契りかな             西行(さいぎょう)

(ものおもえど かからぬひとも あるものを あわれ
 なりける みのちぎりかな)

意味・・同じもの思いをしても、こんなに苦しまぬ人
    もあるのに、ああ、つくづくあわれな我が身
    の宿命よ。

    恋の苦しみの歌です。

 注・・かからぬ人=斯くあらぬ人。自分のごとくで
      ない人。
    あはれ=寂しさ、悲しさ。
    契り=前世からの約束。

作者・・西行=1118~1190。俗名佐藤義清(
      のりきよ)。鳥羽上皇の北面武士であった
      が23歳で出家。「新古今集」では最も
      入選歌が多い。

世の中を 常なきものと 今ぞ知る 奈良の都の
うつろふ見れば          
            読人知らず (万葉集・1045)

(よのなかを つねなきものと いまぞしる ならの
 みやこの うつろうみれば)

意味・・世の中が無常なものだということを、私は今
    こそはっきりと思い知った。あの栄えた奈良
    の都が日ごとにさびれてゆくのをまのあたり
    にして。

    奈良の都の荒廃を嘆いた歌です。

 注・・常なき=無常。全ての物が消滅変転してとど
      まらないこと。
    奈良の都=710年より784年の長岡京の
      遷都まで続いた。その後荒廃した。
    うつろふ=移ろふ。時とともに物事が変化す
      ることだが、衰退の方向に変化する場合
      をいう。

すだきけん 昔の人は 影絶えて 宿もるものは 
有明の月       平忠盛(たいらのただもり)

(すだきけん むかしのひとは かげたえて やどもる
 ものは ありあけのつき)

詞書・・遍照寺にて月を見て。

意味・・たくさん集まったであろう昔の人は、全く姿を
    とどめないで、荒れた寺から漏れて守っている
    のは有明の月ばかりであることだ。

    昔栄えた遍照寺が荒れて、今は人影もなく、有 
    明けの月が寺の中まで漏れている状況を詠んだ
    懐旧の歌です。
    今風では自動車工場の閉鎖で従業員がいなく、
    がらんとした工場のみが残っている状況です。

 注・・遍照寺=京都市右京区上嵯峨、広沢の池の近く
      にあった寺。
    すだき=集き、多く集まる。
    宿=ここでは寺のこと。
    もる=「守(も)る」と「漏る」を掛ける。「宿
      漏る」で寺の荒れていることを表す。

作者・・平忠盛=1095~1153。清盛の父。平家全盛の基
      を築く。正四位上刑部卿。

筑波嶺の このもかのもに 陰はあれど 君がみかげに
ますかげはなし            読人知らず

(つくばねの このもかのもに かげはあれど きみが
 みかげに ますかげはなし)

意味・・筑波山のあちらこちらにもきれいな木陰は
    いくらもありますが、あなたのかげ(姿)に
    まさるものはありません。

    恋の歌とも、主君(世話になった人)をたた
    える歌とも取れます。

 注・・筑波嶺=茨城県の筑波山。
    このもかのもに=あっちこっちに。
    陰=木の陰。裏に有力者にかばってもらう
      意がある。
    みかげ=面影、姿。

このページのトップヘ