人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の
香ににほひける           
                 紀貫之

(ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞ
 むかしの かににおいける)


意味・・そうおっしゃるあなたの心は、さあどうでしょ
    うか。心中のほどは分りません。でも昔馴染み
    のお家では、確かに梅の花のほうは昔のままの
    香りを薫らせて咲いていますね。

    久しぶりに訪れた貫之に向かって家の主人が
    「お宿はこのようにちゃんとありますのに(
    なぜいらっしやらないのですか)」と、疎遠な
              心を恨んで皮肉ったのに対し、「ふるさと」
    の自然は確かに昔のままだが、そこに住む人
    の心までは定かでないと、相手の言葉尻を捉
    え、同じ皮肉を込めて逆襲したものです。
    お互いに皮肉が言える親しい間柄だから言え
    ことです。


主人の返歌

花だにも 同じ心に 咲くものを 植えたる人の
心知らなん

前後を会話風に訳すと

主人「ずいぶんお見限りでしたね。お宿は昔の
   ままなんですよ」
貫之「たしかにお宿も梅の花も昔のままだけど
   住む人のお気持はどうでしょうか」
主人「花だって変わらないのですから、それを
   植えた人の心もわかって下さいよ」

   一首の構成は、人の心は変わりやすく、
   自然は変わらない、という古来の観念を
   基本としています。

 注・・ふるさと=以前住んでいた里。
    花=一般に「花」というと桜をさすがねここ
       では梅。
    香ににほひける=「にほふ」は色彩の華やか
     さを表す語だが、平安時代になると臭覚的
     な意味を合わせ持つようになった。

作者・・紀貫之=866~945。「古今集」の中心的選者。
              仮名序も執筆。

出典・・古今和歌集・42、百人一首・35。