大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 
天の橋立
            小式部内侍(こしきぶのないし)
            (金葉和歌集・550、百人一首・60)
(おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみず
 あまのはしだて)

意味・・大江山を越え、生野を通って行く丹後への道のりは
    遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともなく、
    また、母からの手紙も見ていません。

    詞書きに詠作事情が書かれています。
    母の和泉式部が丹後国(京都府北部)へ赴いていた頃、
    作者が歌合に召されることになった。そこへ藤原定
    頼がやってきて、「歌はどうなさいます、丹後には
    人をおやりになったでしょうか。文を持った使者は
    帰ってきませんか」などとからかった。当時、世間
    には、小式部の歌の優れているのは、母の和泉式部
    が代作をしているという噂があった。ここで小式部
    は定頼を引き止めて、この歌をたちどころに詠んで、
    母に頼っていない自分の歌才を証(あか)してみせた。    

 注・・大江山=京都市西北部にある山。
    いく野=「生野」京都府福知山市にある地名。
        「行く」を掛ける。
    ふみ=「踏み」と「文(手紙)」を掛ける。
    天橋立=丹後国与謝郡(京都市宮津市)にある名勝で
     日本三景の一つ。
    藤原定頼=995~1045。藤原公任(きんとう)の子。

作者・・小式部内侍=1000?~1025。若くして死去。母は和泉
     式部。