我とわが こころのうちに 語らへば ひとりある日も 
友はあるもの        橘曙覧(たちばなあけみ)

かきたてて 見ぬ世の人を ともしびの 影とならびの
岡のつれづれ        元木網(もとのもくあみ)

(われとわが こころのうちに かたらえば ひとりあるひも
 ともはあるもの)
(かきたてて みぬよのひとを ともしびの かげとならびの
 おかのつれづれ)

意味(1)・・私は自分の心と語り合っているので、私が一人で
     いる日でも語り合う友はいるので寂しくはないもの
     です。

     いつも考え、考えぬく生活をしているということです。

意味(2)・・吉田兼好という人は、双(なら)びの岡の夜のつれづ
     れに、灯を掻(か)きたてて、書物に出てくる昔の人を
     友としつつ、灯にうつる影法師という友と並んで読書
     をする人です。
     
     歌の題は「兼好法師像」です。
     兼好が書いた徒然草13段に「ひとり灯のもとに文
     を広げて見ぬ世の人を友とするぞ、こよなうなぐさ
     むるわざなる」より詠んだ歌です。
    (ただひとり灯の下で書物を広げて、見も知らぬ昔の
     人を友とするのは、この上もなく心慰むことである)

     橘曙覧の「心を友とし」、吉田兼好の「本の中の友」
     元木網の「影法師という友」。これらの友は心を慰め、
     励ましてくれる友達です。

 注・・かきたてて=灯を掻きたて、明るくして。
    見ぬ世の人=昔の人。
    ともしび=「灯」と「友」を掛ける。
    ならびの岡=兼好の住んでいた双(ならび)の岡(京都市
       右京区)と「並び」を掛ける。
    づれづれ=退屈。所在なさ。「徒然草」の冒頭の「つれ
       づれなるままに」を利かしている。