濡れてほす 山路の菊の つゆのまに いつか千年を
我は経にけむ          素性法師(そせいほうし)

(ぬれてほす やまじのきくの つゆのまに いつかちとせを
 われはへにけん)

意味・・山路の菊の露に濡れて仙宮に到ったが、着物を
    乾かすほんのわずかの間に、私はいつ千年も過
    ごしてしまったのだろうか。

    詞書は、
    仙人の家(仙宮)に菊の咲いた細道を分けて入っ
    て行く人がある、その模型を見て詠んだ歌です。

    蝉の一ヶ月は人の100年に当たり、仙人の
    一日は人間界の千年に当たるほど、時は永遠
    不変という事を詠んだ歌です。

    短い時間を長い時間掛けてゆったりと過ごし
    したいという気持を詠んでいます。
    老いた人の一日はすごく短いが、幼児の時の
    一日はすごく長く感じる。この幼児のような
    時間の使い方が出来たらなあ、という気持です。

 注・・つゆ=菊の「露」とつゆのまにの「つゆ」の掛詞。