聞く人ぞ 涙は落つる 帰る雁 鳴きてゆくなる 
あけぼのの空     藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)

(きくひとぞ なみだはおつる かえるかり なきてゆく
 なる あけぼののそら)

意味・・雁の涙を詠んだ歌があるが、声を聞く私のほうが
    涙が落ちてくることだ。帰る雁の鳴いていくのが
    聞こえる曙の空よ。

    雁が寂しそうに泣いて帰るように鳴くのを聞いた
    作者ももらい泣きしたくなる気持を詠んでいます。
    本歌のように、悲しみや悩みなどの物思いを心に
    秘めて詠まれたものです。
    本歌は「鳴きたる雁の涙や落ちつらむものを思ふ
    宿の萩の上の露」(意味は下記)    

 注・・聞く人ぞ涙は落ちる=鳴き渡る雁の涙が落ちたの
      だろうか、と詠んだ人がいると聞くが、私も
      涙が出て来る。本歌を念頭に詠んだもの。
    帰る雁=春になって北へ帰る雁。
    鳴く=「泣く」を掛ける。

本歌です。

鳴きわたる 雁のなみだや 落ちつらむ 物思ふ宿の
萩の上の露        藤原頼輔(ふじわらのよりすけ)

(なきわたる かりのなみだや おちつらん ものおもう
 やどの はぎのうえのつゆ)

意味・・空を鳴きながら飛ぶ雁が昨夜落としていった
    悲しみの涙なのだろう。それがちょうど我が
    家の庭の萩におかれた露になったのだが、そ
    の家の主人である私もまた物思いによって泣
    いているのだ。

    萩の露を雁の涙かと思い、その露によって作
    者の悲しみを表しています。

 鳴きわたる=鳴いて空を飛ぶ。「泣く」を掛ける。
 落ちつ=「つ」は瞬間的動作を表す、ポトリと落ちた。
 物思う=心配事などに思い悩む、物思いにふける。
 宿=庭先。