常盤なす 岩室は今も ありけれど すみける人ぞ
常なかりける         博通法師(はくつうほうし)

(ときわなす いわやはいまも ありけれど すみける
 ひとぞ つねなかりける)

意味・・常に変わらず岩室は今もあるけれど、ここに住ん
    でいた人は変わってしまってもう居ない。

    芭蕉の俳句「草の戸も住み替はる代ぞひなの家」
    を参照してください。(意味は下記)

 注・・常盤なす=「常盤」は常に変わらない岩、「なす」
      は、・・のように。
    岩室=和歌山県日高郡美浜町にある岩窟。
    常なかり=変わっている。

参考です。

草の戸も 住み替はる代ぞ ひなの家     芭蕉(ばしょう)

(くさのとも すみかわるよぞ ひなのいえ)

意味・・このみすぼらしい草庵も、人の住み替わる時が
    やって来た。新しく住む人は、世捨て人みたいな
    自分と違って弥生(三月)の節句には雛も飾ること
    であろう。こんな草庵でも移り替わりはあるものだ。
    
    旅立ちに際して芭蕉庵を人に譲った時に詠んだ句。
    
    方丈記の次の文を思わせます。

    「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水に
    あらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ
    結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の
    中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし」

意味・・流れゆく河の水は、絶えることもなく、いつも変わ
    らず流れているように見えるものだが、それでは同
    じ水が流れているかというと、その流れる水はもと
    の水が今流れているのではない。流れの停滞してい
    る所に浮かぶ泡は、一方で消えたかと思うと、一方
    に浮かび出て、長いこと同じ状態のままでいるとい
    うことは、今までに例がない。世の中に存在する人
    間も、その住まいも、またちょうどこのようなもの
    である。