過ぎ去れば 昨日の遠し 今日もまた 夢の話と
なりぬべきかな
           与謝野晶子 (心の遠景)

(すぎされば きのうのとおし きょうもまた ゆめの
 はなしと なりぬべきかな)

意味・・過ぎ去ってしまうと昨日も遠い事のようです。
    そのように今日という日もまた夢の話のよう
    に遠くなってしまうのでしょう。

    かく過ぎ去って、昭和は遠くなる。

    参考です。

    村田英雄の唄った「明治は遠くなりにけり」
    です。
               丘 灯到夫 作詞
               船村徹   作曲

    想い悲しく 東海の
    磯に涙の啄木や
    熱き血潮に 柔肌の
    歌人晶子 いまは亡く
    ああ明治は 遠くなりにけり

    汽笛一声 新橋の
    屋根におぼろの 七日月
    月の光は 変らねど
    人生あはれ五十年
    ああ明治は 遠くなりにけり

    水の流れと 人の身の
    行方定めぬ 世の姿
    晴れの維新の 大業も
    足音絶えて 幾星霜
    ああ明治は 遠くなりにけり   

啄木の東海の歌
   「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて
   蟹とたはむる」

晶子の柔肌の歌
   「やは肌のあつき血汐にふれも見で さびし
   からずや道をとく君」

人生あはれ五十年の歌
   「人間五十年下天の内を比ぶれば 夢幻の
   如くなり」    

作者・・与謝野晶子=よさのあきこ。1878~1942。
     堺女学校卒。与謝野鉄幹と結婚。歌集「
     みだれ髪」「舞姫」。