盗人も とられるわれも もろともに 同じ蓮の 
うてななるらむ
            放牛

(とうじんも とられるわれも もろともに おなじ
 はちすの うてななるらん)

意味・・お金を盗んだ人も、取られた私も、また人々も
    いつかは同じ蓮の上に座る身となるものである。

    放牛は道端で説教・説話をしながら、浄財を集
    めました。その貴重なお金を用いて石仏を建立
    していたのですが、盗られたことがあったので
    しょうか。

    せっかく集めた貴重なお金を、盗人にとられて
    しまった。これではお地蔵様の建立が遅れてし
    まう。しかし、盗られたお金もいつの日か、人
    の役に立つかもしれない。ひょっとして、盗人
    の家族が飢え死にしないのかもしれない。

    考えてみれば、この世界は汚れきった池のよう
    なものだ。そのような中で、私たちは一生懸命
    生活をしている。汚れた池であっても、あのよ
    うにきれいなハスの花が咲くではないか。

    盗人も人々も、そして私もいづれは仏に仕える
    身になるのである。

 注・・うてな=台。蓮台。極楽往生したものが座ると
     いう蓮の花の形をした台。

作者・・放牛=ほうぎゅう。生没年未詳。1722年頃に
     地蔵菩薩の建立に活躍した僧。

出典・・インターネット「放牛地蔵」より