春日野の 若紫の 摺り衣 しのぶの乱れ
かぎり知られず
               在原業平

(かすがのの わかむらさきの すりごろも しのぶの
 みだれ かぎりしられず)

意味・・春日野の若い紫草で染めたこの衣の模様が乱れ
    ているように、私の心もあなたを見て、かぎり
    なく乱れに乱れています。

    伊勢物語の一段に出て来る歌です。一段の内容
    です。
    元服式のあとの開放感に、男は、京の都から今
    は古都となった奈良へ、鷹狩に行った。
    その春日の里に美しい姉妹が住んでいた。男は
    垣間見て胸をときめかした。こんな田舎にこれ
    ほどの美人がいるのか。それに都ふうのとりす
    ました美人ではなくて、なにか心をほぐすよう
    なやさしさに充ちた美人なのだ。若い日の恋は
    性急である。彼は一刻も早く、我が想いを相手
    に知らせたいと思った。彼は着ていた狩衣の裾
    を切って、歌を書きつけた。「春日野の若紫の
    摺り衣しのぶの乱れかぎり知らず」。

 注・・春日野=奈良市の若草山の麓に続く台地。
    若紫=若い紫草。紫草(むらさき)はムラサキ科
     の草。根は太く紫色をしている。
    摺り衣=忍草の模様を彫った型に、紫草の根か
     ら採った染料を塗り、それに布を押して乱れ
     模様に摺り染めたもの。
    しのぶの乱れ=「忍草の乱れ模様」の意に「忍
     ぶ恋の心の乱れ」の意を掛けている。
    元服=成人式。当時の男子は15歳で大人ふうの
     髪に改めて成人の儀式をした。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。
    相模権守・従四位上。

出典・・新古今和歌集・994、伊勢物語一段。