昔見し 妹が垣根は 荒れにけり つばなまじりの
菫のみして
                藤原公実

(むかしみし いもがかきねは あれにけり つばな
 まじりの すみれのみして)

意味・・なつかしさのあまり、昔の恋人の家を訪ねて
    みると、その家の垣根はひどく荒れていた。
    彼女はもうどこかに引っ越して行ったらしい。
    そして、その垣根のそばに残っていたのは、
    茅花の白い花にまじって咲く菫の花だけであ
    った。

    徒然草の26段に出て来る歌です。26段の内容
    です。
    風に吹かれるまでもなく変り移ろうのが人の
    心であるから、慣れ親しんでいた当時を思い
    出して見ると、身に沁みた一言一句も忘れは
    しないものの、自分の生活にかかわりのない
    人のようになってしまう恋の一般性を考える
    と、死別にもまさる悲しみである。それゆえ、
    白い糸が染められるのを見て悲しみ、道の小
    路が分かれるのを嘆く人もあったのではあろ
    う。「堀河院百首」の中で藤原公実が歌って
    いるのに、

    昔見し 妹が垣根は 荒れにけり つばな
    まじりの 菫のみして

    哀れを誘う風情は、実感から出たものであろ
    う。
    桜の花より移ろいやすい人の心。親しくした年
    月を思えば、心が疎遠になって行くのは死別よ
    り悲しい、といっている。

 注・・つばな=茅花。茅萱のこと。稲科チガヤ属。
     初夏白い毛を密生した花を咲かせる。薄に
     似ている。若い花穂を茅花(つばな)という。
    白い糸が染められるのを見て悲しみ=淮南子
     に出て来る墨子の言葉。木綿にしても絹に
     しても始めは白い糸のカセ、これを用途に
     よって色染めして別々のクケに分けて行く、
     これを別れの実感として感じたもの。
    道の小路が分かれるのを嘆く=淮南子に出て
     来る楊子の言葉。路のちまたの別れのこと。

作者・・藤原公実=ふじわらのきんざね。1053~1107。
    正二位大納言。

出典・・堀河院百首(徒然草26段)。