*************** 名歌鑑賞 ***************


いづくにか 舟泊てすらむ 安礼の崎 漕ぎ廻み行きし
棚なし小舟
                  高市黒人

(いずくにか ふなはてすらん あれのさき こぎたみ
 ゆきし たななしこぶね)

意味・・日暮れも近いのに、いったいどこに舟泊まりを
    するのであろうか。さっき、安礼の崎を漕ぎ廻
    っていたあの棚なし小舟は。

    大きな船なら、沖を真っ直ぐ進めるけど、小舟
    は遠く沖に出られない。なにか心細そうに、お
    ずおずと陸の線にくっついて曲がっていく舟に
    作者の視線もまた離れない。「こぎ」「たみ」
    「ゆきし」と、言葉が小さく切れるところにも、
    舟のその時の姿がくっきり捉えられている。
    夕暮れの海を漕ぎ去った小舟はどこに泊まって
    いるだろうかと、不安の思いを感じている姿は
    小舟が自分のか弱い姿と重なっています。

 注・・安礼の崎=愛知県御津町の崎。「崎」は海や湖
     の中に突き出している陸地の端。岬。
    廻(た)み=巡る、まわる。
    棚なし小舟=舷(舟の側板)もない小さな舟。

作者・・高市黒人=たけちのくろひと。生没年未詳。70
    0年頃活躍した歌人。

出典・・万葉集・58。