*************** 名歌鑑賞 ***************


越えわびる 逢坂よりも 音に聞く 勿来をかたき
関と知らなむ
                 道綱母
 
(こえわびる おうさかよりも おとにきく なこそを
 かたき せきとしらなん)

意味・・あなたが越えにくいと嘆いている逢坂の関は、
    まだ名前だけでも逢うという言葉を持っていま
    すが、私の方は名前からして勿来といって来て
    くれるなというなかなか人を寄せ付けない、堅
    固な難関だと知ってください。

    藤原兼家(道長の父)の求婚歌の返歌です。結婚
    を断った歌になっているが、返歌を返す事は当
    時、結婚を承諾する事と同じであった。
    兼家の求婚歌です。
   「逢坂の関やなにより近けれど 越えわびぬれば
    嘆きてぞふる」 (意味は下記参照)

 注・・わびる=気落ちする、途方にくれる。・・しか
     ねる。
    逢坂=滋賀県大津市逢坂。昔ここに関があった。
     「逢う」を掛ける。
    音に聞く=うわさに聞く。「逢う」という事を
     聞いている。
    勿来の関=福島県勿来町にあった関。「な来そ
     」を掛ける。
    かたき=難き。「固き」を掛ける。
    
作者・・道綱母=みちつなのはは。936~995。藤原道長
     の父である兼家と結婚。「蜻蛉日記」の作者。

出典・・蜻蛉日記。

兼家の求婚歌です。

逢坂の 関やなにより 近けれど 越えわびぬれば
嘆きてぞふる
                藤原兼家
 
意味・・人に逢うという名を持った逢坂の関は、一体
    何なのでしょう。すぐ目と鼻の近さにありな
    がら、まだ越え兼ねる、すなわちあなたに逢
    う事が出来ないので、嘆き暮らしています。

 注・・なにより=何より。どういうため。「より」
     は原因・理由を表す。・・のために。
    ふる=経る。月日がたつ。過ごす。

作者・・藤原兼家=ふじわらのかねいえ。929~990。
     従一位・摂政関白となり、子の道長、孫の
     頼通と続く藤原全盛時代を築く。

出典・・蜻蛉日記。