*************** 名歌鑑賞 ****************


ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる
一ひらの雲
                佐々木信綱
             
(ゆくあきの やまとのくにの やくしじの とうの
 うえなる ひとひらのくも)

意味・・秋がもう終わりをつげようとしている頃、
    大和の国の古い御寺、薬師寺を訪ねて来て
    みると、美しい形相を誇って高くそびえる
    宝塔の上には、一片の白雲が静かに浮かん
    でいて、旅愁をいっそう注がれる。
    
    うるわしい大和(奈良)の逝く秋を惜しむ気
    持と、1300年の歴史を刻んだ古典的な味わ
    いのする高塔と、その上にある一片の雲を
    通して感触する旅愁を詠んでいます。
    
 注・・ゆく秋=晩秋。秋の暮れ行くのを惜しむ心
     がこもっている。四季の中で春と秋とは
     過ぎ去るのが惜しい季節なので「行く春」
     「ゆく秋」と詠まれる。
    大和=日本国、ここでは奈良県。
    薬師寺=奈良市西の京にある古寺。730
     年に建造。塔は高さ38m。各階に裳階(も
     こし)があるので六重塔に見えるが三重塔。
     塔の上には相輪が立ち、さらにその上部
     に水煙の飾りがある。

作者・・佐々木信綱=ささきのぶつな。1872~1963。
    国文学者。歌集に「思草」「新月」の他「校
    本万葉集」。

出典・・歌集「新月」(武川忠一編「和歌の解釈と鑑賞
    辞典」)