*************** 名歌鑑賞 ****************


玉守に 玉は授けて かつがつも 枕と我は
いざ二人寝む    
                坂上郎女

(たまもりに たまはさずけて かつがつも まくらと
 われは いざふたりねん)

意味・・掌中の珠(たま)といつくしんだ我が娘を、
    玉守(婿)に渡して母親の私はほっと安堵
    いたしました。娘のいなくなった部屋で、
    どれどれ今夜から枕を相手に寝ましょう。

    這えば立て、立てば歩めとただいちずに
    我が子の健やかな成長を念じて我が身を
    忘れる事幾年。昨今は匂うばかりに美し
    く成長し、話し相手とし頼りになった頃、
    手放して他人に委ねばならぬ母親の気持
    ちです。娘の門出を祝う母。母親として
    大任を果たし肩の荷を降ろした喜びと同
    時に、娘の去ったあとの部屋の広さを
    しみじみと味わいつつ、枕を抱いて寝る
    母の寂しさ。複雑な心情を詠んだ歌です。

 注・・玉守=娘を玉に、相手の男をその番人に
     譬えたもの。
    かつがつ=不十分であるがまあまあの意、
     どうやら。

作者・・坂上郎女=さかのうえのいらつめ。生没
    年未詳。大伴旅人は兄、大伴家持は甥に
    あたる。

出典・・万葉集・652。