名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2007年09月

9/1 柵越しに 麦食む子馬の はつはつに 相見し子らし
  あやに愛しも                東歌
9/2 命とて 露を頼むに かたければ ものわびしらに 
  鳴く野辺の虫                 在原滋治
9/3 敷島の 大和心を 人問はば 朝日ににほふ
  山ざくら花                   本居宣長
9/4 嬉しさや 大豆小豆の 庭の秋      村上鬼城
9/5 山かくす 春の霞ぞ うらめしき いづれ都の
  さかひなるらむ                乙
9/6 楽しみは まれに魚煮て 児ら皆が うましうましと
  いひて食らふ時                橘曙覧
9/7 君がため 春の野にいでて 若菜摘む わが衣手に
  雪は降りつつ                  仁和帝
9/8 実にや月 間口千金 通り町       芭蕉
9/9 駿河なる 田子の浦波 たたぬ日は あれども君を
  恋ひぬ日はなし              読み人知らず
9/10 風吹けば 沖つ白波 たった山 夜半にや君が
   ひとり越ゆるらむ             読み人知らず
9/11 古の しづのおだまき 繰り返し 昔を今に
   なすよしもがな              読み人知らず
9/12 実るほど 頭のさがる 稲穂かな     芭蕉?
9/13 わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲意にまがふ
   沖つ白波                   藤原忠通
9/14 たよりあらば いかで都へ 告げやらむ けふ白河の
   関は超えぬと                平兼盛
9/15 都をば 霞とともに 立ちしかど 秋風ぞ吹く
   白河の関                  能因法師

9/16 夏草や 兵どもの 夢の跡          芭蕉
9/17 かくありと 兼ねて知りせば せん術も ありなましもの
   かねて知りせば               良寛
9/18 古も 今も変わらぬ 世の中に 心の種を 残す
   言の葉                   細川幽斎
9/19 伊勢の海に 釣りする海人の 浮子なれや 心一つ
   定めかねつる              読み人知らず
9/20 秋風や しらきの弓に 弦はらむ     向井去来
9/21 鴨山の 岩根し枕ける 我をかも 知らにと妹が
   待ちつつあらむ              柿本人麻呂
9/22 世の中の さらぬ別れの なくもがな 千代もと嘆く
   人のため                  在原業平
9/23 亀の尾の 山の岩根を とめて落つる 滝の白玉
   千代の数にも                紀惟岳
9/24 山路きて むかふ城下や 凧の数       大祇
9/25 吉野山 霞の奥は 知らねども 見ゆる限りは
   さくらなりけり               八田智紀
9/26 歌書よりも 軍書にかなし 芳野山      支考
9/27 御廟年経て 忍は何を しのぶ草       芭蕉
9/28 千年もと 頼みし人は 仇し野の 草葉の露と
   消えにけるかも               良寛
9/29 穂にもいでぬ 山田をもると 藤衣 稲葉の露に
   濡れぬ日ぞなき             読み人知らず
9/30 行く年の をしくもあるか ます鏡 みる影さへに
   くれぬと思へば               紀貫之

行く年の をしくもあるか ます鏡 みる影さへに くれぬと思へば
                      紀貫之(きのつらゆき)

(ゆくとしの おしくもあるか ますかがみ みるかげさえに
 くれぬとおもえば)

意味・・暮れ行く年というものは実に名残惜しく思えてなりません。
    なぜかといいますと、朝夕手に取っている明鏡に映る私の
    姿までがひとしお暗(く)れる・暮れるように思われますので。

    鏡を見て、年々老いて行く自分の姿の自覚とその寂しさを
    年の瀬の名残惜しさとに結びつけたものです。

 注・・行く年=去って行く年。
    ます鏡=真澄の鏡、よく澄んでいる鏡。
    影=水や鏡に映る姿。
    くれぬ=「暮れぬ」と「暗れぬ」を掛ける。「暗れぬ」は
      姿が暗くなる・醜くなるの意。

穂にもいでぬ 山田をもると 藤衣 稲葉の露に 濡れぬ日ぞなき
                        読み人知らず

(ほにもいでぬ やまだをもると ふじごろも いなばのつゆに
 ぬれぬひぞなき)

意味・・稲の穂さえも出ていない山田の番をすると思って見ても、
    苦労をしている私の着物は露に濡れない日とてないのだ。

    農民の生活から生まれた歌で、早朝からする仕事の苦しさ
    を詠んだものです。
    着物が濡れるのは、早朝の露が残っている時から田に入り
    稲の根元の草取りをするためです。     

 注・・もる=守る、(稲を食いに来る鳥などの)番をする。
    ・・と=・・と思って。
    藤衣=藤や蔦(つた)でで織った粗末な着物。

千年もと 頼みし人は 仇し野の 草葉の露と 消えにけるかも
                       良寛(りょうかん)

(ちとせもと たのみしひとは あだしのの くさばのつゆと
 きえにけるかも)

意味・・千年におよぶ行く末まで共に暮らそうと、親しくして
    いた人は、仇し野の草の葉の露のように、はかなく消
    えてしまったことだ。

    仲の良い人が亡くなった時、悲しんで詠んだ歌です。

 注・・仇し野=京都市嵯峨にあった火葬場。

御廟年経て 忍は何を しのぶ草    芭蕉(ばしょう)

(ごびょう としへて しのぶはなにを しのぶぐさ)

意味・・長い年月がたち、御廟は荒れてしのぶ草がおい茂っ
    ている。ところで「忍ぶ」といえば、このしのぶ草は
    一体何を思い偲(しの)んでいるのであろう。

    後醍醐帝の御廟を拝んで詠んだ句です。
    1333年鎌倉幕府を倒し天下を取ったものの足利尊氏
    の謀反により吉野山に逃れたが、1338年滅ぼされる。
    悔しさ、無念さが思い偲ばれます。

 注・・御廟(ごびょう)=後醍醐天皇の御陵(ごりょう)は吉野山
      如意輪寺(にょいりんじ)の裏にある塔尾陵。
    しのぶ草=あおねかづら科のしだの一種。樹皮や岩石面、
      古い軒端などに生じる。

歌書よりも 軍書にかなし 芳野山   支考(しこう)

意味・・吉野山は、桜の名所として古歌によく歌われて
    きたが、「太平記」などの軍書に記される南朝
    悲話の舞台として見たほうが、いっそう感銘が
    深いものだ。

    吉野山は花の吉野であり、哀史が語り継がれる
    歴史の山でもあります。源義経が実の兄の頼朝
    に追われて隠れた金峰(きんぽう)神社、足利尊
    氏と戦った楠木正行が辞世の歌を矢尻で刻んだ
    如意輪寺、静御前が無念の舞を舞ったという勝
    手神社など悲話の舞台が多く残っています。
 
 注・・かなし=こころが引かれる。

吉野山 霞の奥は 知らねども 見ゆる限りは さくらなりけり
                 八田智紀(はったとものり)

(よしのやま かすみのおくは しらねども みゆるかぎりは
 さくらなりけり)

意味・・吉野山は春霞がかかって、向こうの方までは見えない
    が、見える範囲では桜、桜で桜の海である。さすがに
    吉野だ、すばらしいものだ。

    「歌書よりも 軍書にかなし 芳野山」     支考 
    「御廟(ごびょう)年経て 忍は何を しのぶ草」 芭蕉 
    「かへらじとかねて思へば梓弓なき数にいる名をぞ
    とどむる」(名歌観賞 7月10日参照)    楠木正行
    などと詠まれた吉野山。
    霞がかかっていなければ、吉野の哀史の面影を残す、
    如意輪寺(にょいりんじ)や金峰(きんぽう)神社、後醍
    醐天皇陵などが見られて、昔の無念の思いが偲ばれる
    のだか、の意です。

山路きて むかふ城下や 凧の数    大祇(たいぎ)

(やまじきて むかうじょうかや たこのかず)

意味・・山路を黙々と歩いてきて、峠を越えると突然視界が
    開け、城下町が見えて来た。これから向う城下町の
    空には、数えきらない程たくさんの凧が揚がって
    いる。

    城下町に揚がる凧によって、旅の孤独感が癒(いや)
    され、安心感となっている。

亀の尾の 山の岩根を とめて落つる 滝の白玉 千代の数かも
                   紀惟岳(きのこれおか)

(かめのおの やまのいわねを とめておつる たきのしらたま
 ちよのかずかも)

意味・・亀尾山の岩間を伝わって流れ落ちる滝の白玉は何と
    美しいのでしょう。その無数の白玉がすなわちあなた
    様の長いお年の数なのです。

    おば君の40の祝賀が催された時、女性の長寿を祝っ
    て詠んだ歌です。

 注・・亀の尾の山=亀山のこと。京都区右京区にある山。
    岩根=岩の下の方。
    とめて=求めて、ここでは「伝わって」の意。
    千代の数=非常に長い年月の数。

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