名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2007年09月

御廟年経て 忍は何を しのぶ草    芭蕉(ばしょう)

(ごびょう としへて しのぶはなにを しのぶぐさ)

意味・・長い年月がたち、御廟は荒れてしのぶ草がおい茂っ
    ている。ところで「忍ぶ」といえば、このしのぶ草は
    一体何を思い偲(しの)んでいるのであろう。

    後醍醐帝の御廟を拝んで詠んだ句です。
    1333年鎌倉幕府を倒し天下を取ったものの足利尊氏
    の謀反により吉野山に逃れたが、1338年滅ぼされる。
    悔しさ、無念さが思い偲ばれます。

 注・・御廟(ごびょう)=後醍醐天皇の御陵(ごりょう)は吉野山
      如意輪寺(にょいりんじ)の裏にある塔尾陵。
    しのぶ草=あおねかづら科のしだの一種。樹皮や岩石面、
      古い軒端などに生じる。

歌書よりも 軍書にかなし 芳野山   支考(しこう)

意味・・吉野山は、桜の名所として古歌によく歌われて
    きたが、「太平記」などの軍書に記される南朝
    悲話の舞台として見たほうが、いっそう感銘が
    深いものだ。

    吉野山は花の吉野であり、哀史が語り継がれる
    歴史の山でもあります。源義経が実の兄の頼朝
    に追われて隠れた金峰(きんぽう)神社、足利尊
    氏と戦った楠木正行が辞世の歌を矢尻で刻んだ
    如意輪寺、静御前が無念の舞を舞ったという勝
    手神社など悲話の舞台が多く残っています。
 
 注・・かなし=こころが引かれる。

吉野山 霞の奥は 知らねども 見ゆる限りは さくらなりけり
                 八田智紀(はったとものり)

(よしのやま かすみのおくは しらねども みゆるかぎりは
 さくらなりけり)

意味・・吉野山は春霞がかかって、向こうの方までは見えない
    が、見える範囲では桜、桜で桜の海である。さすがに
    吉野だ、すばらしいものだ。

    「歌書よりも 軍書にかなし 芳野山」     支考 
    「御廟(ごびょう)年経て 忍は何を しのぶ草」 芭蕉 
    「かへらじとかねて思へば梓弓なき数にいる名をぞ
    とどむる」(名歌観賞 7月10日参照)    楠木正行
    などと詠まれた吉野山。
    霞がかかっていなければ、吉野の哀史の面影を残す、
    如意輪寺(にょいりんじ)や金峰(きんぽう)神社、後醍
    醐天皇陵などが見られて、昔の無念の思いが偲ばれる
    のだか、の意です。

山路きて むかふ城下や 凧の数    大祇(たいぎ)

(やまじきて むかうじょうかや たこのかず)

意味・・山路を黙々と歩いてきて、峠を越えると突然視界が
    開け、城下町が見えて来た。これから向う城下町の
    空には、数えきらない程たくさんの凧が揚がって
    いる。

    城下町に揚がる凧によって、旅の孤独感が癒(いや)
    され、安心感となっている。

亀の尾の 山の岩根を とめて落つる 滝の白玉 千代の数かも
                   紀惟岳(きのこれおか)

(かめのおの やまのいわねを とめておつる たきのしらたま
 ちよのかずかも)

意味・・亀尾山の岩間を伝わって流れ落ちる滝の白玉は何と
    美しいのでしょう。その無数の白玉がすなわちあなた
    様の長いお年の数なのです。

    おば君の40の祝賀が催された時、女性の長寿を祝っ
    て詠んだ歌です。

 注・・亀の尾の山=亀山のこと。京都区右京区にある山。
    岩根=岩の下の方。
    とめて=求めて、ここでは「伝わって」の意。
    千代の数=非常に長い年月の数。

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