名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2007年10月

月花や 四十九年の むだ歩き     一茶(いっさ)

(つきはなや しじゅうくねんの むだあるき)

意味・・月だ花だのと、何の足しにもならない俳諧などを
    弄(もてあそ)んで、四十九年の人生をうかうか
    と過ごしてしまった。

    俳諧を否定するのはなく、惰性で作る俳句から
    納得のゆく俳句をめざそうとしたものです。
 
    納得とは「人の顔色を見る弱さ」を捨て「自分
    しか出来ない」ものをめざし「人の良さも見出
    して」行くというのも、その一つです。

 注・・月花=月は秋、花は春の季節のものであるが、
       ここでは風雅を代表する語。
    四十九年=五十歳は論語に「五十にして天命を
       知る」年であるから四十九は過去を精算
       すべき転機の年。

作者・・小林一茶=1763~1827。信濃(長野県)の農民の子。
     3歳で生母と死別。継母と不和のため江戸に出て
     奉公生活。亡父の遺産をめぐって義弟と長く抗争。
     51歳で故郷に帰住、結婚。

    

忘れじな 難波の秋の 夜半の空 こと浦に澄む 
月は見るとも
                宣秋門院丹後
           
(わすれじな なにわのあきの よわのそら ことうらに
 すむ つきはみるとも)

意味・・忘れないつもりです。この難波の浦の秋の空のことは。
    たとえ将来、他の浦に住み、そこに澄んだ月を見るよう
    になっても。

 注・・難波=難波江。大阪市の海辺の古称。
    こと浦=他の浦。
    澄む=住むを掛ける。

作者・・宜秋門院丹後=ぎしゅもんいんのたんご。生没年未詳。
    1207年頃の人。後鳥羽院中宮の女房。

出典・・新古今和歌集・400。

幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ 
今日も旅ゆく
             若山牧水(わかやまぼくすい)
             (海の声)

(いくやまかわ こえさりゆかば さびしさの はてなむ
くにぞ きょうもたびゆく)

意味・・幾つもの山を越え、幾つもの河を越えて過ぎて
    行ったなら、この寂しさの消える国に到り着く
    ことであろうか。ああ、今日も私はさすらいの
    旅を続けていくのである。

    「寂しさ」は人の世の悩ましさ、悲しさ、寂しさ
    であってそうした寂しさの消えるような国を求
    めて、巡礼のような旅を続けているのです。

    この歌はドイツの詩人カール・ブッセの詩「山
    のあなた」の影響を受けていると言われて
    います。

    山のあなたの空遠く 
    幸い住むと人のいふ
    ああ、われ、ひとと尋(と)めゆきて 
    涙さしぐみ、かへり来ぬ
    山のあなたのなほ遠く
    幸い住むと人の云ふ

作者・・若山牧水=1885~1928。早稲田大学卒。
     「海の声」。
    

    


    


われこそは 新島守よ 隠岐の海の 荒き波風 
心して吹け
                 後鳥羽院

(われこそは にいじまもりよ おきのみの あらきなみかぜ
 こころしてふけ)

意味・・我こそは、この島に新しくやってきた島守であるぞ。
    だから隠岐の海の荒々しい波風よ、その事をを心に
    留めて充分気をつけて吹くのだぞ。

    承久の乱に敗れた後鳥羽院は1221年に隠岐の島に流さ
    れた。住居ははみすぼらしい掘っ立て小屋みたいなも
    のであった。昨日までは日本全土を統治していた神の
    存在であったので、その気概で荒々しい強風に注文を
    つけたものです。

 注・・新島守=新しい島守。島守は番人であるが、島を治め
        司(つかさど)る者の意。

作者・・後鳥羽院=ごとばいん。1180~1239。第82代天皇。
    承久の乱で隠岐に配流された。新古今和歌集の撰修を
    命じる。

出典・・岩波書店「中世和歌集・鎌倉編」。

雪車負うて 坂を上るや 小さい子     一茶(いっさ)

(そりおうて さかをのぼるや ちいさいこ)

意味・・橇(そり)に乗って、坂を滑っている子供たち。
    滑りおりると、またその橇を背に負って、息を
    はずませながら上ってゆく。

    「小さい子」の元気な姿が、頬(ほお)を真っ赤
    にして、一歩一歩雪を踏みしめてのぼってゆく
    姿が見えてきます。

春日野の 若紫の 摺り衣 しのぶの乱れ 
限り知られず
             在原業平

(かすがのの わかむらさきの すりごろも しのぶのみだれ
 かぎりしられず)

意味・・春日野の若紫で摺ったしのぶ摺りの衣の模様の乱れ
    のように、あなたをひそかに恋い思う心の乱れは、
    どこまで続くのかわからない。

    春日野の若い柴草で染めたこの狩布の忍草の模様が
    乱れているように、美しいあなたをお見掛けしてから
    私の心は限りもなく乱れていることです。

    女性を見初めて、恋しさに乱れに乱れる心を詠んでい
    ます。

 注・・春日野=奈良市内東大寺南、今の春日公園。
    若紫=若い紫草、紫草はムラサキ科の多年草。
       根から紫色の染料が採れる。
    摺り衣=摺り付けて模様を染め付けた着物。
    しのぶ=「しのぶ摺り」の「しのぶ」と「恋い忍ぶ」
       の「忍ぶ」を掛ける。

作者・・在原業平=ありわらのなりひら。825~880。相模
    権守。従四位上。

出典・・新古今和歌集・994、伊勢物語・一段。


 

灯の 影にて見ると 思ふ間に 文のうへしろく 夜は明けにけり
                   香川景樹(かがわかげき)

(ともしびの かげにてみると おもうまに ふみのうえしろく
 よはあけにけり)

意味・・灯の光によって書物を読んでいると思っているうちに、
    書物の上が夜明けの光で明るくなって、いつの間にか
    夜が明けてしまったことだ。

    読書に熱中しているうちに、思わず夜が明けてしまった。
    時の経過も忘れる読書の楽しさ。夜明けの光に照らし出さ
    れる書物の白さに気づいた驚きを詠んでいます。
    
 注・・影=明かり。

刈れる田に おふるひつちの 穂にいでぬ 世をいまさらに 
あきはてぬとか                  
                    詠み人知らず
              
(かれるたに おうるひつちの ほにいでぬ よをいまさらに
 あきはてぬとか)

意味・・稲刈りをした後の田で、その刈り株から生えた新芽が
    いっこうに穂を出さないのは、この世を今さらに飽き
    はて、そして秋も果ててしまったからなのだろうか。

    農民の生活を反映した歌で、生活の苦しみに飽きた・
    すっかりいやになったという気持を詠んでいます。

    当時の農民の生活は、
    朝早く山に入って薪を取り、そして売りに行く。
    昼は田を耕したり、稲の根元の草取り。
    夜は草鞋を作ったり、米を搗(つ)いたり、砧(きぬた)で
    布を叩いて柔らかくする夜なべ。
    合間には炊事や洗濯に子育てもせねばなりません。
    水不足や冷害、水害などの自然災害が発生すると生活は
    困窮します。


 注・・刈れる田=稲を刈り終えた田。
    おふる=生ふる、はえる。
    ひつち=刈った後の稲株にまた生えて来る稲。
    あき=「秋」と「飽き(いやになる)」を掛ける。

出典・・古今和歌集・308。

日のあたる 夢をよく見る 氷室守     武玉川(たけたまがわ)

(ひのあたる ゆめをよくみる ひむろもり)

意味・・氷を管理している私は、氷室に日が当たりだすと
    あわてまわっている夢をよくみるものだ。

    氷り屋さんも冷蔵庫もなかった昔は、氷を夏まで
    貯蔵しておくために、特別の室を作っていました。
    この氷室を守るのが氷室守です。
    盗人番に日当たりの番。夏の日差しが強くて解け
    ましたでは済ませられない氷室守です。

 注・・氷室=氷を夏まで貯える部屋や穴。

陸奥に ありといふなる 名取川 なき名とりては 
くるしかりけり
                壬生忠岑

(みちのくに ありというなる なとりがわ なきなとりては
 くるしかりける)

意味・・陸奥には名取川という川があるそうだが、私だって
    逢ったことが本当ならばそういう名(評判)を取るのも
    しかたがない。しかし、事実無根の評判を立てられる
    のではやりきれないものである。

    地名を利用して、恋愛の評判を打ち消そうとする歌です。

 注・・名取川=宮城県名取郡を流れる川。
    なき名=身に覚えのない評判
     逢わないのに逢ったという評判。  
    くるしかり=つらくてしかたがない。

作者・・壬生忠岑=みぶのただみね。860~920。平安時代の歌人。

出典・・古今和歌集・628。

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