名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2008年01月

春遠く ああ長崎の 鐘の音    
                江国滋(えぐにしげる)

(はるとおく ああながさきの かねのおと)

意味・・浦上天主堂の静かで寂しい鐘の音を聴いていると
    悲しくなって来る。まだまだ、冬は厳しく春は遠
    いのだなあ。

    長崎は悲劇を背負った地です。キリシタン弾圧、
    原爆投下。88年12月には木島長崎市長が右翼
    の短銃で撃たれた。この時に詠んだ句です。また、
    07年4月に伊藤長崎市長が右翼暴力団により射
    殺されています。

見れど飽かぬ 吉野の川の 常滑の 絶ゆることなく
またかへり見む      柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)

(みれどあかぬ よしののかわの とこなめの たゆることなく
 またかえりみん)

意味・・いくら見ても飽かない吉野は、吉野川のいつも滑らかな
    所が絶えることのないように、何度も来ては眺めて見た
    いものです。

 注・・常滑(とこなめ)=絶えず水に濡れている川の岩石に、
      水ごけがついてぬるぬるして滑りやすい所。
    またかへり見む=くり返し来ては、また眺めよう。

隅田川 蓑きて下す 筏士に 霞むあしたの 雨をこそ知れ  
                橘千蔭(たちばなちかげ)

(すみだがわ みのきてくだす いかだしに かすむあしたの
 あめをこそしれ)

意味・・隅田川を筏が下っている。その上の筏師が蓑を
    着ている。隅田川が霞むこの朝、雨が降ってい
    ることが筏師の蓑を着ていることによって知ら
    れる。

    早朝、川面は霞み渡り、筏師の蓑姿によって始
    めて、細かな春雨にきずいたというものです。
    都会人の目で見た光景です。

 注・・筏士=筏師、筏に乗って運送を業とする者。

埼玉の 池のみぎはや こほるらむ 鴨の羽音の 遠ざかりゆく  
                  橘千蔭(たちばなちかげ)

(さいたまの いけのみぎわや こおるらむ かものはおとの
 とおざかりゆく)

意味・・冬の深夜に鴨の遠ざかる羽の音が聞こえて来る。
    池の岸辺あたりが凍りはじめたためであろう。

    冬の寒さの厳しさを詠んでいます。
    池が凍りはじめたので、鴨が飛び立ったと想像
    した歌です。

梅一輪 一輪ほどの 暖かさ   
                服部嵐雪(はっとりらんせつ)

(うめいちりん いちりんほどの あたたかさ)

意味・・寒梅が一輪咲いた。その花をみていると、冬とは
    いえ、わずかながらその一輪だけの暖かさがもう
    感じられることだ。

    寒中にわずかながら春のいぶきを感じとって、梅
    の一輪に象徴的に詠んだものです。

    この句は「梅一輪。一輪ほどの・・」と切られて
    いるのだが、「一輪一輪ほどの・・」と続けて読
    んで「一輪つづ開くに連れて次第に暖かさを増し
    てくる」と解釈も出来ます。

浪もなく 風ををさめし 白河の 君のをりもや 花はちりけん
                西行法師(さいぎょうほうし)

(なみもなく かぜをおさめし しらかわの きみのおりもや
 はなはちりけん)

意味・・四海波静かに、風も枝を鳴らさぬまで、統治されて
    いた白河院の御世でも、やはりこうして花は散った
    ことだろう。

    花が散るのを惜しんで詠んだ歌です。
    四海波静かに出来るほどの白河院でさえ、花を散ら
    す風は治められなかっただろう、と諦めた気持です。

    白河院は「賀茂川の水、双六の賽、三蔵法師、これ
    ぞ我が心にかなわぬもの」と嘆き、その権威を誇っ
    たという逸話があります。

紀の国や 由良の湊に 拾ふてふ たまさかにだに 
あひ見てしがな          
                                                          藤原長方(ふじわらのながかた)

(きのくにや ゆらのみなとに ひろうという たまさかにだに
 あいみてしがな)

意味・・紀の国の由良の湊で拾うという美しい玉、そのたまに
    でもいいから逢いたいものだなあ。

 注・・紀の国=和歌山県。
    たまさか=「玉」と「たまに」を掛ける。
    玉=美しい小石や貝殻。真珠。
    
 

多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの児の 
ここだ愛しき             読人知らず

(たまがわに さらすてづくり さらさらに なにそこのこの
 ここだかなしき)

意味・・多摩川に晒(さら)す手作りの布のように、さらに
    さらに、どうしてこの娘がこんなにもいとしくて
    ならないのだろう。

    川に布を晒すのは、柔らかく美しくするためです。

    多摩川流域は麻の栽培が盛んであった。
    律令時代に税の一つに「調」があり、麻布が収め
    られていた。東京の「調布」や「麻布」の地名は
    その名残りです。

 注・・手作り=手織りの布。
    さらす=水に晒して布地を美しくする。
    さらさらに=「さらにさらに」を掛ける。
    ここだ=量の多いこと。はなはだしいこと。

降る雪や 明治は遠く なりにけり 
                 
       中村草田男(なかむらくさたお)
        (長子)

(ふるゆきや めいじは とおくなりにけり)

意味・・雪が盛んに降っている。その雪に現実の
    時を忘れ、今が二十数年前の明治のころ
    そのままのような気持になっていた所、
    ふと現実に帰り、しみじみ明治は遠くな
    ってしまったと、痛感するものだ。

    昭和6年の作です。
    雪が降りしきる中、20年振りに母校の小学校
    付近を歩いていた。母校は昔のままと変わらない
    なあと思いつつ、その当時の服装、黒絣の着物
    を着て高下駄を履き黄色の草履(ぞうり)袋を下
    げていたのを思い出していた。
    その時、小学校から出て来たのは、金ボタンの
    外套を着た児童たちであった。
    現代風の若者を見ると、20年の歳月の流れを
    感じさせられる。そして明治の良き時代は遠く
    になってしまったものだ。

作者・・中村草田男=1901~1983。東京帝大国文科卒。
     成蹊大学名誉教授。高浜虚子に入門。句集「
     長子」「萬力」。


    

    

たのしみは 常に見なれぬ 鳥の来て 軒遠からぬ 
樹に鳴きし時      橘曙覧(たちばなあけみ) 

(たのしみは つねにみなれぬ とりのきて のきとおからぬ
 きになきしとき)

たのしみは 遠来の客 もてなして 次なる再会 約束する時
                        破茶(はちゃ)
(たのしみは えんらいのきゃく もてなして つぎなるさいかい
 やくそくするとき)

意味(1)・・私の楽しみはあまり見たことのない珍しい小鳥が
      やって来て、家の軒先近くの樹に止まってさえず
      るのを耳にした時です。

     時たま変わった鳥のさえずりもいいものです。

意味(2)・・また、珍しい人とのおしゃべりもいいものです。
     長年逢わない人が近くに来たのでといって訪ねて
     来た。一杯飲みながら懐かしい昔話に花が咲く事
     になる。このような事は嬉しいことであり、また
     の再会の約束も楽しいことだ。

     人との心のこもったお付き合いをしていたおかげ
     です。

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