名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2008年01月

ゆほびかに たけはた高し よきをうなの なやめるところ
なしとぞいはまし        橘曙覧(たちばなあけみ) 

(ゆほびかに たけはたたかし よきおうなの なやめるところ
 なしとぞいわまし)

意味・・小野小町という人の人柄は奥ゆかしく、品位や風格
    が高く高貴な立派な方です。そのような素晴しい方
    が悩めるところがある、と「古今集の序」で言って
    いるが悩むところがないと言ったらよかっただろう
    に。

    歌の題は「小野小町」となっています。
    小野小町は古今集の仮名序に「いはば、よき女の悩
    めるところあるに似たり」と評されています。

    人間の欲望にはきりがないが、欲望があれば不満が
    ついてまわり、それが悩みに通じます。
    小野小町のような高貴な方は、なにもかにも満足し
    欲望も不満も悩みもないで欲しい、という事を詠
    んだ歌です。

    森鴎外の「高瀬舟」の一節です。

   「人は身に病があると、この病がなかったらと思ふ。
    其日其日の食がないと、食っていかれたらと思ふ。
    万一の時に備へる蓄えがないと、少しでも蓄えが
    あったらと思ふ。蓄えがあっても、又其の蓄えが
    もっと多かったらと思ふ。かくの如くに先から先
    に考えて見れば、人はどこまで往って踏み止まる
    ことが出来るやら分からない。それを今目の前で
    踏み止って見せてくれるのがこの(罪人の)喜助だ
    と、(同心の)庄兵衛は気がついた」    

 注・・小野小町=平安前期(西暦850年)の女流歌人、
      六歌仙の一人。絶世の美人といわれた。
    ゆほびか=ゆったりして奥ゆかしいこと。
    たけ=格調。風格。
    はた=同趣の意を表わす。やはり。それもまた。
    をうな=女。
    なやむ=精神的に苦しむ。病気で苦しむ。

我が雪と 思へば軽し 笠の上   宝井基角(たからいきかく) 

(わがゆきと おもえばかるし かさのうえ)

意味・・頭にかぶった笠に積る雪も、自分の物だと思えば
    軽く感じる。

   「我が物と思えば軽し笠の雪」と一般になじまれて
    います。
   (苦しいことも自分の利益になると思えばそれほど
    気にならない、という意味)

    その苦しみが自分の利益になる、ということを意
    識する事が大切です。

黄葉の 散りゆくなへに 玉梓の 使を見れば 逢ひし日思ほゆ  
              柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)

(もみじばの ちりゆくなえに たまづさの つかいをみれば
 あいしひおもおゆ)

意味・・紅葉がはかなく散ってゆく折りしも、文使いが
    通うのを見ると、愛(いと)しい妻に逢った日の
    ことがあれこれ思い出される。

    人麻呂は亡き妻と離れて住んでいたので、使者
    に託して手紙のやり取りをしていた。

 注・・なへに=とともに。その時に。
    玉梓(たまづさ)=使者。手紙。

わが庵は 三輪の山もと 恋しくは とぶらひ来ませ 杉立る門
                        読人知らず

(わがいおは みわのやまもと こいしくは とぶらいきませ
 すぎたてるかど)

意味・・私の粗末な家は三輪山の麓にあります。私が恋しく
    なったら、どうぞ訪ねて来て下さい。門の脇にある
    杉を目印として。

    さびれる都をいち早く出て、世のわずらわしさから
    開放され、物心過不足なく過ごしている人が、旧知
    に案内がてら詠んだ歌です。

 注・・庵(いお)=粗末な家。自分の家を謙遜していう。
    三輪=奈良県桜井市三輪。

芦の屋の 灘の塩焼き いとまなみ 黄楊の小櫛も 
ささず来にけり          在原業平(ありはらなりひら)

(あしのやの なだのしおやき いとまなみ つげのおぐしも
 ささずきにけり)

意味・・芦屋の灘での塩焼きで暇がないので、黄楊(つげ)の櫛も
    ささないで来てしまったことです。

    身なりを整える暇もない海女(あま)が、そのことを恋人
    に嘆くのを詠むとともに、芦屋の里の人々の素朴さを紹
    介した歌です。

 注・・芦の屋の灘=芦屋の里の海岸。芦屋市から神戸市灘区に
       いたる海岸。
    塩焼き=海水を煮て塩を製造すること。
    いとまなみ=暇がないので。

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