名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2008年04月

樫の木の 花にかまはぬ 姿かな   芭蕉(ばしょう)

(かしのきの はなにかまわぬ すがたかな)

意味・・春の百花は美しさを競っているが、その中で
    あたりにかまわず高く黒々とそびえる樫の木
    は、あでやかに咲く花よりもかえって風情に
    富む枝ぶりであることだ。

    前書きは「ある人の山家にいたりて」。
    山荘の主人が世の栄華の暮らしに混じること
    なく、平然として清閑を楽しんでいるさまを
    樫の木の枝ぶりに例えて挨拶として詠んだ句。

よの常の 思ふわかれの 旅ならば こころ見えなる 
手向けせましや          藤原長能(ふじわらながとう)

(よのつねの おもうわかれの たびならば こころみえなる
 たむけせましや)

意味・・世間ふつうに思われる別れのこの度の旅であったなら、
    こんな見えすいた餞別をいたすでしょうか、見えすいた
    餞別をしましたのは大切な人との別れと思いますので、
    粗品(狩衣と扇)ながら再会を期して進呈しました。どう
    か寸志をお受け下さい。

    詞書は田舎に下る人に餞別として、狩衣と扇を贈る
    時に詠んだ歌となっています。当時は送別の時に、
    「狩衣と扇」を餞別として贈り「また帰って来て会
    いましょう」の気持を表わした。これが、かえって
    通りいっぺんの贈り物と取られそうなので、この歌
    を添えて贈ったものです。

 注・・よの常の=世間普通の。
    こころ見え=心が見え見え、心底見えすいた。
    手向け=餞別。
    せましや=「や」は反語の助詞、手向けしませんものを。
    狩衣(かりぎぬ)=もと鷹狩の時に用いたが常服になった。
       「帰り来ぬ」の意が掛けられている。
    扇=「逢う」の意を掛けて、再び再会を期する。

伊良湖崎に 鰹釣り舟 並び浮きて はがちの波に 
浮かびつつぞ寄る          
               西行(さいぎょう)
               (山家集・1388)

(いらこざきに かつおつりぶね ならびうきて はがちの
 なみに うかびつつぞよる)

意味・・伊良湖崎では、鰹を釣る舟が沖に並んで浮いて
    いるが、激しい風で立った荒波に揺れながら、
    岬の方に近寄って来ることだ。

    詞書によると、荒天のため沖から引き返す漁民
    の様子を詠んだものです。
    

 注・・伊良湖崎=愛知県渥美郡の岬。
    並び浮き=荒天を恐れて一斉に港を目指している
     様子。
    西北風(はがち)=西北から吹く強い風。

作者・・西行=1118~1190。「山家集」。

妹と出でて 若菜つみにし 岡崎の 垣根恋しき 春雨ぞ降る
                 香川景樹(かがわかげき)

(いもといでて わかなつみにし おかざきの かきねこいしき
 はるさめぞふる)

意味・・妻とともに外に出て若菜を摘んだ、あの岡崎の
    家の垣根をなつかしく思い出させる春雨が降っ
    ていることだ。

    単身赴任している景樹は、春雨が降ってくると
    この雨で若菜が生長するだろうと思い、そう言
    えば昔、妻と一緒に若菜を摘みに行ったことが
    あったなあと思い出され、妻が恋しくなったと
    いう気持を詠んでいます。

 注・・岡崎=京都市左京区の地。景樹の本宅があった。

故里と なりにしならの 都にも 色はかはらず 花は咲きにけり 
                    奈良帝(ならのみかど)

(ふるさとと なりにしならの みやこにも いろはかわらず
 はなはさきにけり)

意味・・すでに廃都となった荒涼たる平城京なので、今では
    昔の面影がなくなったけれど、花というものは、色
    は変らずに昔と同じように咲くものだ。
    
    嵯峨天皇と不和にになり、退位後に奈良に戻って住
    むようになり、昔を偲んで詠んだ歌です。

 注・・故里=ここでは昔の首都。
    ならの都=かっての平城京。今の奈良市の位置。

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