名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2008年08月

としどしの としはかたちに ゆづりやりて 心にとしは
とらせずもがな       大屋裏住(おおやのうらすみ)

意味・・年ごとに加わる齢(よわい)は外見の形に
    ゆずりやって、心には年をとらせたくな
    いものだ。

    肉体の老衰はまぬがれないものとしても、
    精神年齢だけはいつまでも若くありたい
    という誰しもの願いを詠んでいます。

 注・・かたち=姿形、外貌。

常盤なす かくしもがもと 思へども 世の事理なれば
留みかねつる         山上憶良(やまのうえおくら)

(ときわなす かくしもがもと おもえども よのことなれば
 とどみかねつる)

意味・・常磐のようにいつまでも若いままでありたいと
    思うが、老いや死は人の世の定めなので、留め
    たくとも留められない。

    この歌の前に長歌で次のようなことが歌われて
    います。
    この世の中で何ともする事が出来ないのは歳月
    が遠慮なく流れ去って行く事だ。
    勇ましい若者たちが男らしく馬に乗って獣を追
    いまわしていた、その楽しい人生がいつまで続
    いたであろうか。
    いつの間にやら握り杖を腰にあてがうがうよう
    になり、よぼよぼとあっちに行けば人にいやが
    られ、こっちに行けば人に嫌われ、老人になる
    のはつらいものだ。
    それでも長生きしたいと思うものの施すすべが
    ないものだ。

 注・・常盤=大きな岩のように長い間変わらない事。
       木の葉が年中緑であること、常緑。
    かく=斯く、このように。
    世の事理=世は生涯、寿命。事理は物事の筋道。
      人は年老いてやがて死ぬという定め。

亡き母を したひよわりて 寝たる児の 顔見るばかり
憂きことはあらじ         橘曙覧(たちばなあけみ)

(なきははを したいよわりて ねたるこの かおみる
 ばかり うきことはあらじ)

意味・・亡くなった母に向って、お母さん、お母さんと
    言って泣き続けていた児の疲れて寝てしまった
    顔を見る事ほど辛いことはないだろう。

    曙覧の門人の妻が亡くなった時に詠んだ歌です。

 注・・したひ=慕ひ、慕って。
    よわりて=呼わりて、呼び続けて。
    憂き=辛い。

瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ 
何処より 来たりしものぞ   山上憶良(やまのうえおくら)

(うりはめば こどもおもおゆ くりはめば ましてしのばゆ
 いずこより きたりしものを)

意味・・瓜を食べると子供のことが思われる。
    栗を食べるといっそういとしく思われる。
    愛らしい子供といものはどこから来た
    ものか。

海人の刈る 藻に住む虫の われからと 音をこそ泣かめ
世をば恨みじ       
             藤原直子(古今集・807)

(あまのかる もにすむむしの われからと ねをこそ
 なかめ よをばうらみじ)

意味・・漁師が刈る海藻に住む虫の名はわれから。
    その「我から」というように、二人の仲
    がしっくりゆかないのは、誰のせいでも
    無くみんな自分自身のせいなんだと泣い
    ていよう。二人の不仲を恨みがましくは
    思うまい。

    このように辛い目に会うのも、自分に原
    因があるのだからと、声をたてて泣く事
    はしても、世をうらんだりはするまい。

 注・・われから=海藻に付着している甲殻の虫、
     「我から(自ら)」を掛ける。この下に
     「(不幸を)刈る」を補って解釈する。
     「不幸」は男女間の仲たがいと解釈。
    音こそ泣め=声をたてて泣きこそしょうが。
    世=夫婦の仲、男女の仲。

作者・・藤原直子=ふじわらのなおいこ。生没年
     未詳。920年従四位下になる。

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