名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2008年11月

霧たちて 雁ぞ鳴くなる 片岡の 朝の原は 
もみじしぬらむ             読人知らず

(きりたちて かりぞなくなる かたおかの あしたの
 はらは もみじしぬらん)

意味・・空には霧がたちこめ、雁の鳴き声が聞こえてくる。
    秋も深くなったから、片岡の朝の原の木々はきれい
    に紅葉したことだろう。

 注・・片岡=奈良県葛城郡王寺町。

みよし野の 花は雲に まがひしを ひとり色付く
峰のもみじば           慈円(じえん)

(みよしのの はなはくもに まがいしを ひとりいろずく
 みねのもみじば)

意味・・吉野の桜は雲に間違えられるようであったが、
    峰の紅葉ばは何事にもまがうことなく、ひとり
    鮮やかにに色ずいていることだ。

    吉野の紅葉を遠方から見て詠んだ歌です。
    
 花は雲に=遠方から見た満開の桜が、雲のように
    見えること。

あかあかや あかあかあかや あかあかや 
あかあかあかや あかあかや月        
             明恵上人(みょうえしょうにん)

意味・・明るいなあ。ほんとうに明るく明るいよ。
    いやが上にも明るく広くいっぱいに満ちて
    いる月だ。

    「あか」を12個重ねて読んだ歌だか、
    この歌は「陀羅尼(だらに)」と言われ、
    真言密教の経文(きょうもん)を翻訳せず
    に読みあげたものとされています。

世の中の うきをも知らで すむ月の かげはわが身の
心地こそすれ            西行(さいぎょう)

(よのなかの うきをもしらで すむつきの かげは
 わがみの ここちこそすれ)

意味・・世間の憂き姿も知らずに澄みたる月の光は、
    出離して草庵に住み、心澄むわが身そのも
    ののような気がする。    

    西行の気持を考えて見ました。

    森鴎外の小説「高瀬舟」の一節です。

 「人は病があると、この病が無かったらと思う。
  その日その日が食えないと、食って行けたらと思う。
  万一の時に備える蓄えがないと少しでも蓄えがあった
  らと思う。
  蓄えがあっても、その蓄えがもっと多かったらと思う。
  斯くの如くに先から先に考えて見れば、人はどこまで
  行っても踏み留まる事が出来るものやら分からない」

   また、鎌田茂雄「仏陀の観たもの」の一節です。

 「我々はあらゆるものから雁字搦(がんじがらめ)めに
  縛られて身動きが出来ない。
  縛るものは何か、地位であり、名誉であり、金であり
  女であり、酒である。
  ありとあらゆる欲望の対象はすべて我々を縛るものだ」

   西行は、求めても求めても得られない苦しみ、この苦
   しみから逃れる事が出来たと、詠んだ歌です。

うき=憂き、つらいこと。

長き夜や 心の鬼が 身を責める   
                   一茶(いっさ)
                   (七番日記)
(ながきよや こころのおにが みをせめる)

意味・・いたらない自分の醜態(しゅうたい・恥ずべく事)が
    自己嫌悪となって、一人になった夜、心の中から小
    さな鬼が立ち上がって「お前バカだなあ、なぜあん
    なアホウな事をするのだ」と攻め立てる。
 
    一茶は「心ない自分の行いによって人が傷ついた」
    と感じ、その傷ついた相手の身になって「なぜ傷を
    つけたのだ」と加害者になった自分を責めて詠んだ
    句です。

 注・・心の鬼=良心。

作者・・小林一茶=1763~1827。三歳で生母と死別。継母と
     不和のため、15歳で江戸に出て奉公生活に辛酸を
     なめた。「七番日記」「おらが春」。
    

このページのトップヘ