名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年02月

水沫なす もろき命も 栲綱の 千尋にもがと 
願い暮らしつ     山上憶良(やまのうえおくら) 

(みなわなす もろきいのちも たえづなの ちひろに
 もがと ねがいくらつし)

意味・・水の泡にも似たもろくはかない命ではあるもの
    の、楮(こうぞ)の綱のように千尋の長さがあっ
    てほしいと願いながら、一日一日を過ごしてい
    る。    

 注・・水沫(みなわ)=「みなあわ」の約。水の泡。
    栲(たえ)=桑科の落葉低木、楮(こうぞ)の古名。
      樹皮の繊維で布や綱を作る。
    千尋=両手を広げた長さが一尋。

たち変わり 古き都と なりぬれば 道の芝草 
長く生ひにけり    田辺福麻呂(たなべのさきまろ)

(たちかわり ふるきみやこと なりぬれば みちの
 しばくさ ながくおいにけり)

意味・・すっかり様子が変わって、今ではもう古びた
    都になってしまったので、往き来する者もな
    く、道の雑草も丈(たけ)高くなってしまった。
   
    奈良還都(740年から745年まで都は難破
    や久爾(くに)に移った)まで奈良の都は日々に
    荒廃した。その状況を詠み昔を懐かしんだ歌で
    す。

わたつ海 おきにこがるる もの見れば あまの釣して
かへるなりけり      清少納言(せいしょうなごん)

(わたつうみ おきにこがるる ものみれば あまの
 つりして かえるなりけり)

意味・・海の沖に漕がれているものをなんであるかと思っ
    て見ると、漁師が釣をして帰るのであった。
    熾き火に焼け焦がれている物をなんであるかと思
    って見たら、雨蛙であった。
    
    角火鉢に煙がたったので村上天皇が「あれは何の
    煙か見て来い」と言ったので詠んだ歌です。
    火鉢に蛙が飛び込んで焼けているのを、掛詞で面
    白く詠んだものです。

 注・・わたつ海=海、大海。
    おき=「沖」と「熾き(赤く焼けた炭)」を掛ける。
    あま=海人、漁師。「雨」を掛ける。
    こがれる=「漕がれる」と「焦がれる」を掛ける。
    かへる=「帰る」と「蛙」を掛ける。

神垣に むかしわが見し 梅の花 ともに老木と
なりにけるかな     藤原経信(ふじわらつねのぶ)

(かみがみに むかしわがみし うめのはな ともに
 おいぎと なりにけるかな)

意味・・この神社の垣に、昔私が見た梅の花は、
    私が老いるのとともに老木になった事
    だ。

    幼い時に見た梅の木を60年振りに見
    た時の老いの感慨を詠んだ歌です。

冬枯れの 野辺とわが身を 思ひせば もえてもはるを
待たましものを           伊勢(いせ)

(ふゆがれの のべとわがみを おもいせば もえてはるを
 またましものを)

 意味・・わが身を冬枯れの野と思い込んでしまえば、
     草が萌えて芽を張る時期を待つように、春
     の再来に期待をを掛けたいところだ。

     衰えが来て元気がなくなったが、草が萌え
     出すように、自分も冬枯れの身と思って春
     には元気になりたい、という気持を詠んで
     います。

 注・・おもいせば=しいて思うならば。
    はる=「春」と「張る」を掛ける。

この世には またもあふまじ 梅の花 ちりぢりならむ
ことぞかなしき   大僧正行尊(だいそうじょうぎょうそん)

(このよには またあうまじ うめのはな ちりぢりならん
ことぞかなしき)

意味・・この世ではもう再び見ることはあねまい。
    そんな梅の花が散り果ててしまうのが悲しい。

    大病になり死が近づいた時、梅の花を見て弟子
    たちに詠んだ歌です。
    弟子たちが自分の死後に散り散りに分かれてし
    まうのを悲しんだもの。

 注・・ちりぢり=花が散る意に、弟子たちが散り散りに
      別れる意を掛ける。

春きぬと 人はいへどども うぐひすの 鳴かぬかぎりは
あらじとぞおもふ      壬生忠岑(みぶのたたみね)

(はるきぬと ひとはいえども うぐいすの なかぬ
 かぎりは あらじとぞおもう)

意味・・春がやってきたと人々は言うけれど、鶯が
    鳴き声を聞かせないうちは、私はまだ春が
    来たのではあるまいと思っているのだ。

    春の使者である鶯を待つ気持を詠んでいます。

貧すれば 質におくのて 太刀かたな さすがは武士の
うけつ流しつ     山手白人(やまのてのしろひと)

(ひんすれば しちにおくのて たちかたな さすがは
 ぶしの うけつながしつ)

意味・・武士も貧乏すると、最後の奥の手としては、
    太刀や大小の刀まで質に置くよりほかは無
    いのだが、さすが武士だけあって、それら
    の質草をも、武芸の技と同じく、受けつ流
    しつしている。

    太平の世、作者の属する階級への自嘲を詠
    んでいます。

 注・・おくのて=「置く」に「奥の手」を掛ける。
    さすがは=刺刀(さすか・腰にさす小刀)に
      「流石」を掛ける。
    うけつ=「相手の攻撃を受ける」と「質物
      を受ける」を掛ける。

姫一目人買一目金一目     如言(にょげん)

(ひめひとめ ひとかいひとめ かねひとめ)

意味・・年貢の未納か親の重病の為か、いじらしく売ら
    れる覚悟を決めてかしこまった娘。しめたと内
    心ほくそえむ女衒(ぜげん)。さらに、自分の前
    に突き出された何両かの小判。今まで手塩にか
    けた娘が、困ったとはいえ、この金で買われる
    のかと、胸がつまって、娘の小さな肩を抱き寄
    せるのだが、嘆き悲しむ時も長くは許されない。

 注・・女衒(ぜげん)=女を遊女屋に紹介して、手数料
      を取って生活をしていた者。

富貴とは これを菜漬に 米のめし 酒もことたる
小樽ひと樽       平秩東作(へづづとうさく)

(ふうきとは これをなづけに こめのめし さけもことたる
 こたるひとたる)

意味・・富貴とはなにか。菜の漬物に米の飯、そして
    ちいさな樽一つで酒も十分というような暮ら
    し、これを名づけて富貴というのだ。

    世間一般に言われている富貴は浮雲のように
    危ういものだが、物質的には乏しくても、足
    ることを知る心の富貴こそ、本当の富貴だ、
    という事を詠んだ歌です。

 注・・菜漬=「名づけ」を掛ける。
    ことたる=事足る、不足がない。

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