名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年04月

霞立つ 永き春日を 子供らと 手毬つきつつ
この日暮らしつ        良寛(りょうかん)

(かすみたつ ながきはるひを こどもらと てまり
 つきつつ このひくらしつ)

意味・・長くなった春の日を、子供らと手毬を
    つきながら、この一日を遊び暮らした
    ことだ。   
   
    暖かい春がやって来たので、托鉢に回
    ろうと思って村里に出かけて行くと、
    村里の子供たちが、道の辻で手毬をつ
    いている。その中に私も仲間入りをし
    て、一二三四五六七と毬をつく。子供
    が毬をつくと、私は手毬歌を歌い、私
    が歌うと子供が毬をつき、ついて歌っ
    て、長い春の日を過ごしたことだ。

    この長歌の反歌です。

作者・・良寛=1758~1831。新潟県
      出雲町に左門泰雄の長子として
      生まれる。幼名は栄蔵。
    

わがやどの かきねや春を へだつらん 夏きにけりと
みゆる卯の花        源順(みなもとのじゅん)

(わがやどの かきねやはるを へだつらん なつ
 きにけりと みゆるうのはな)

意味・・我が家の庭に、卯の花が白く咲き出したので
    夏が来たことが知られる。してみると、この
    卯の花の垣根は春を隔ててしまうものであろ
    うか。隣家を隔てるものとばかりと思ってい
    たのだが。

作者・・源順。962年の作。

桜色に 染めし衣を ぬぎかへて 山ほとどぎす
けふよりぞ待つ       和泉式部(いずみしきぶ)

(はないろに そめしころもを ぬぎかえて やま
 ほとどぎす けふよりぞまつ)

詞書・・四月一日(陰暦)に詠んだ歌。

意味・・春の季節、桜色に染めて着ていた衣を、衣更え
    の今日、夏の衣にぬぎかえて、ひたすら山ほと
    どぎすの来訪を待つことです。

 注・・ぬぎかへて=四月一日は衣更えの日であった。

作者・・和泉式部=979年ごろの生まれ。「和泉式部
      日記」、「和泉式部集」がある。

みな人は 吉野の山の さくらばな おりしらぬ身や
谷のむもれ木       源定信(みなもとのさだのぶ)

(みなひとは よしののやまの さくらばな おりしらぬ
 みや たにのうもれぎ)

意味・・人々は皆、吉野の山の桜の花のように晴々と
    華(はな)やいでいるが、その花を手折る事も
    なく、花の咲く折も知らないわが身は、谷の
    埋もれ木のようなものだ。

    人々を桜花とし、不遇の身の述懐を詠んでい
    ます。

 注・・吉野の山=桜の名所。人々の華やかな事の比喩。
    おりしらぬ=花の咲く折を知らない意、と手折
      る事を知らない意を掛ける。
    むもれ木=埋もれ木。

作者・・源定信=1102年出家。

高瀬さす 六田の淀の 柳原 緑も深く 
かすむ春かな        藤原公経(ふじわらのきんつね)

(たかせさす むたのよどの やなぎはら みどりもふかく
 かすむはるかな)

意味・・高瀬舟が棹をさしていく六田の淀の柳原は、
    緑も深く、その緑とひとつになって深くかす
    んでいる春だなあ。

 注・・高瀬さす=高瀬舟が棹をさしていく。高瀬舟
      は川の浅瀬を通るために作った底の浅い
      舟。
    六田の淀=奈良県吉野郡吉野川の渡し場。
    かすむ=「緑がかすむ」と「霞」を掛ける。

作者・・藤原公経=1244没、74歳。鎌倉将軍
      の縁威として威をふるった。

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