名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年07月

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎの夏の
しるしなりける  藤原家隆(ふじわらのいえたか)

(かぜそよぐ ならのおがわの ゆうぐれは みそぎの
 なつの しるしなりける)

意味・・風がそよそよと楢の葉に吹いている、この
    ならの小川の夕暮れは、秋の訪れを感じさ
    せるが、六月祓(みなづきばらえ)のみそぎ
    だけが、夏である事のしるしなのだなあ。

 注・・ならの小川=京都市北区の上賀茂神社の中
      を流れる御手洗川。「なら」は「楢」
      の掛詞。
    みそぎ=川原などで水によって身を清め、
      罪や穢(けが)れを払い除く事。ここで
      は六月祓(ばら)え(夏越しの祓え)をさ
      す。六月祓えは陰暦6月30日に行わ
      れ、上半期の罪や穢れをはらい清める。

作者・・藤原家隆=1158~1237。非参議従二衣。
      「新古今集」の撰者の一人。

夕立の にごりにしむは いやいやと 蓮はかぶりを
ふる池の中     山手白人(やまのてのしろひと)

(ゆうだちの にごりにしむは いやいやと はすは
 かぶりを ふるいけのなか)

詞書・・蓮池の夕立。

意味・・濁りに染(し)まぬ蓮の葉と古歌にも詠まれて
    いるが、なるほど、夕立の通り過ぎたあとの
    古池には、濁り水に染むのをいやだいやだと
    いうように、蓮の葉が風に吹かれて頭をふっ
    ている。

    夕立が降ったあと、風が吹き蓮の葉をゆらし
    ている涼しい風景描写となっています。

    古歌は「蓮葉の濁りに染まぬ心もて何かは露
    を玉とあざむく」(意味は下記参照)

 注・・ふる=「振る」と「古」を掛ける。

作者・・山手白人=1737~1787。本名は布施弥次郎。
      幕府の評定所留役。

古歌の意味

蓮葉の 濁りに染まぬ 心もて なにかは露を 
玉とあざむく         僧正遍昭

(はちすばの にごりにしまぬ こころもて なにかは
 つゆを たまとあざむく)

意味・・蓮の葉は泥水のなかに生えながら濁りに染ま
    らない清らかな心を持っているのに、その心
    でどうして葉の上に置く露を玉と見せて人を
    だますのか。

    上句は法華経の経文(世間の法に染まらざること
    蓮華の水にあるがごとし)による。
    露を玉とみる典型的な見立ての伝統を踏まえ、
    清浄の象徴である蓮が欺く、と意表をついた表
    現が趣向。

秋も秋 こよひもこよひ 月も月 ところもところ
みるきみもきみ     
光源法師 (後拾遺和歌集・265)

(あきもあき こよいもこよい つきもつき ところも
 ところ みるきみもきみ)

左注・・ある人が言うには、賀陽院で八月十五夜の
    月が美しかった晩に、宇治前太政大臣頼通
    さまが歌を詠めと仰せられたので詠んだ歌
    です。

意味・・秋もまさに仲秋、こよいもまさに十五夜、
    所も天下の賀陽院、月見る君も宇治前太政
    大臣の関白さま(時・所・人を得てこよい
    の名月はまさに最高でございます)。

 注・・賀陽院=関白頼通の別邸。
    秋も秋=秋(七・八・九月)といっても一番
      よい仲秋。
    こよひもこよひ=今宵といっても明月の今
      宵。
    月も月=月といっても十五夜の満月。
    ところもところ=場所もまさに関白邸の賀
      陽院。
    みるきみもきみ=月見る君といったら、ま
      さに一の人関白さま。

作者・・光源法師=こうげんほうし。比叡山の僧。
     1035年頃の人。

夏山の 夕下風の 涼しさに 楢の木陰の 
たたま憂きかな  西行(さいぎよう)

(なつやまの ゆうしたかぜの すずしさに ならの
 こかげに たたまうきかな)

意味・・夏山の夕暮れ時には、木の下を吹いてくる風
    の涼しさに、楢の木陰からなかなか去り難い
    ことだ。

 注・・夕下風=夕方に木陰を吹いてくる風。
    たたま憂き=立ち去る(たたまく)のがつらい。

作者・・西行=1118~1190。俗名佐藤義清(
      のりきよ)。鳥羽上皇の北面武士であった
      が23歳で出家。「新古今集」では最も
      入選歌が多い。

かたがたの おやのおやどち いはふめり この子の
ちよを 思ひこそやれ 藤原保昌(ふじわらのやすまさ)

(かたがたの おやのおやどち いわうめり このこの
 ちよを おもいこそやれ)

詞書・・子の袴着をしました時に、父方母方の祖父 
    が出席しました時に詠んだ歌。

意味・・父方母方の親の親同士が孫の袴着を祝って
    いるようです。子の子(孫)が輝かしく長生
    する事を私も心から願っています。

    「かたがたのおやのおやどち」と「子の子
     のちよ」の表現の面白さを詠んだ歌です。   

 注・・袴着=男子が初めて袴を着ける儀式。五歳
      または七歳に行った。
    かたがたの=方々の。双方の。
    おやのおやどち=親の親同士。
    いはふ=祝う。
    この子=「この子」と「子の子」を掛ける。
    ちよ=千代。千年、非常に長い月。

作者・・藤原保昌=~1036。正四位、丹後守。和泉
      式部の夫。

めづらしき 光さしそふ さかづきは もちながらこそ
ちよもめぐらめ       紫式部(むらさきしきぶ)

(めずらしき ひかりさしそう さかずきは もちながら
 こそ ちよもめぐらめ)

詞書・・後一条院がお生まれになってお七夜に
    人々が参会して、女房に杯を出せと言
    われて詠んだ歌です。

意味・・新たに美しい栄光がさし加わったよう
    なこの若宮のご誕生日のご祝宴の杯は、
    下にもおかず、つぎつぎと手から手へ
    と捧げ持ちながら、望月同様、欠ける
    事なく、千代まで経めぐることでござ
    いましょう。

    祝賀の歌です。

 注・・後一条院=1008~1036。29歳。68代
      天皇。
    七夜=子供が生まれて七日目の祝いの夜。
    めづらしき=賞美するのにふさわしい。
      すばらしい。目新しい。    
    さかづき=「杯」に「栄月」を掛ける。
    もちながら=「持ちながら(杯を手に持っ
      たままで)」と「「望(月)ながら(望
      月のままで)」を掛ける。
    めぐらめ=順繰りにすすむ、時が経過する。

ありとても たのむべきかは 世の中を しらすものは
朝がほの花         和泉式部(いすみしきぶ)

(ありとても たのむべきは よのなかを しらす
 ものは あさがおのはな)

詞書・・朝顔を詠んだ歌。

意味・・いま元気だといっても、いつまでもこの世
    にあるものとはあてにする事は出来はしな
    い。そのように世の中のはかないことを知
    らせるものは、朝だけが命のはかない朝顔
    の花である。

 注・・あり=物・事・所などがある。健在である。
    世の中=人の世、男女の仲。
    しらす=知らす、「はかない事」を補う。
    あさがお=朝顔、槿(あさがお)。「朝顔の
      花一時」「槿花一日の栄」(意味は下記
      参照)のことばがある。

作者・・和泉式部=年没年未詳、977頃の生まれ。
      朱雀天皇皇女昌子内親王に仕える。
      「和泉式部日記」を書く。

槿花一日の栄(きんかいちじつのえい)

意味・・木槿(むくげ)の花は朝開いて夕方にはしぼむ。
    そのはかなさを人の世の栄華のはかなさに
    たとえたもの。

涼しさを 我が宿にして ねまるなり 芭蕉(ばしょう)

(すずしさを わがやどにして ねまるなり)

意味・・この涼しさを、すっかり一人占めにして、 
    私はのんびりとからだを横にしていること
    です。

    山形の尾花沢で詠んだ句です。芭蕉ののん
    びりしたさまを詠んでいます。

 注・・我が宿にして=独り占めにして。
    ねまる=身体を楽にして座ったり横になる
      こと。新潟地方の方言。

作者・・松尾芭蕉=1644~1694。「奥の細道」、「
      笈(おい)の小文」など。

値なき 宝といふとも 一杯の 濁れる酒に
あにまさめやも    大伴旅人(おおとものたびびと)

(あたいなき たからというとも ひとつきの にごれる
 さけに あにまさめやも)

意味・・値をつけようがないほど貴い宝珠でも、
    濁り酒一杯にどうして勝るといえようか。

    気持ちが大きくなる酒の効用を詠んで
    います。

 注・・値なき宝=仏法用語で無上の法の例え。
      値をつけようが無いほどの宝。

作者・・大伴旅人=665~720。大納言、従二位。

一とせの 過ぎつるよりも たなばたの こよひをいかに
明しかぬらん             小弁(こべん)

(ひととせの すぎつるよりも たなばたの こよいを
 いかに あかしかぬらん)

詞書・・七月六日(七夕の前夜)に読んだ歌。

意味・・逢う瀬はいよいよ明日になったが、去年の
    七月七日から今日までの一年間のせつなさ
    よりも、織女星は、今宵一夜を、どんなに
    待ち遠しい思いで明かしているのであろう
    かなあ。

 注・・一とせ=去年の七月七日より今年の七月六
      日までの一年間。
    たなばた=七夕、機(はた)を織る女性、
      織女星の異名。

作者・・小弁=生没年未詳。越前守藤原壊伊(かねま
      さ)の娘。

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