名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年08月

住みわびて 我さへ軒の 忍ぶ草 しのぶかたがた
しげき宿かな     
                周防内侍

(すみわびて われさえのきの しのぶぐさ しのぶ
 かたがた しげきやどかな)

詞書・・家を人に明け渡す時に柱に書き付けました。

意味・・住んでいることがつらくて、私までも去って
    行くこの家の軒の忍ぶ草よ、その名ではない
    が、しのび懐かしむ事がいろいろとあるこの
    家だよ。

    家族も居なくなり、自分も出て行く事になっ
    た古屋敷。この家を懐かしみ詠んだ歌です。
   
 注・・住みわびて=周防集の詞書きによると、同居
      していた母やその他親族が皆亡くなって
      おり、管理上でも住みづらくなったもの。
    軒=「退き」を掛ける。
    忍ぶ草=「しのぶかたがた」を同音で引き出
      す。忍ぶ草は古屋に生えるもので、内侍
      の家も荒廃してきたもの。
    しのぶ=偲ぶ、懐かしむ。
    しげき=草木が茂っている。

作者・・周防内侍=すぼうのないじ。生没年未詳。
    大蔵大輔(官位の名)藤原永相の娘。

出典・・金葉和歌集・591。

今はとて そむき果ててし 世の中に なにと語らふ
山ほとどぎす        後鳥羽院(ごとばいん)

(いまはとて そむきはててし よのなかに なにと
 かたらう やまほとどぎす)

意味・・今はもうこれまでというので、すっかり
    捨ててしまった世の中であるのに、どう
    いうわけで山ほとどぎすは鳴いて話かけ  
    るのだろうか。

    承久の乱に破れて島流しされ、再起不能・
    生きる夢を無くした後鳥羽院はくやしさ・
    無念さを詠んだものです。

 注・・そむき果て=背き果て、すっかり俗世を
      捨ててしまう、出家する。

作者・・後鳥羽院=1180~1239。第82代天皇。承
      久の乱(1221)によって壱岐に配流さ
      れた。

おきあかし 見つつながむる 萩のうへの 露吹き
みだる 秋の夜の風         
                伊勢大輔

(おきあかし みつつながむる はぎのうえの つゆ
 ふきみだる あきのよのかぜ)

詞書・・物を思うことがあった時分、萩を見て詠
    んだ歌。

意味・・眠れず起きて夜を明かし、外を見ながら、
    しみじみと物思いをしている。萩の上の
    露に吹き乱れている秋の夜の風よ。

    物思いとは、作者の下の娘が家出した事
    といわれている。
    萩の上の露の一点に目をやり、もの思い
    をしている様子です。作者の心は萩の露
    となっている。
    露も風も、人の愁喜によって感じ方が違
    うものとして詠まれています。

 注・・おきあかし=起き明かし、寝ないで居明
     かす。
    見つつながむる=見ながら物思いに沈む。
    吹きみだる=風がさかんに吹いている。

作者・・伊勢大輔=いせのたいふ。生没年未詳。
    筑前守高階成順の妻。中古三十六歌仙の
    一人。

出典・・後拾遺和歌集・295。

手に結ぶ をとはの滝に 夏さびて 涼しく成りぬ
もりの下風            
                 慈円

(てにむすぶ おとわのたきに なつさびて すずしく
 なりぬ もりのしたかぜ)

意味・・手に掬(すく)って飲んだ音羽の滝にも、夏
    が過ぎようとして、森の木の下風も涼しく
    なってきた。

 注・・手に結ぶ=両手の手のひらで水をすくって
      飲む。
    をとはの滝=音羽の滝、京都市山科区の滝。
    夏さびて=「さぶ」は勢いが衰える。

作者・・慈円=1155~1225。天台座主。「新古今集」
    に92首入集、第二位を占める。

いつも見る 月ぞと思へど 秋の夜は いかなるかげを
そふるなるらん   
                  藤原長能

(いつもみる つきぞとおもえど あきのよは いかなる
 かげを そうるなるらん)

意味・・いつもながめる見馴れた月だと思うけれど
    秋の夜の月を格別に思うのはいったいどう
    いう光を加えるからなのだろうか。

    加えるのはどんな光なのか・・。
    そのうちの一つ二つです。「照り添う優しさ」
    と「昔からの世の姿を写す鏡」です。
    (下記の「荒城の月」2番4番の歌詞参照)    

 注・・かげ=影、光。
    
作者・・藤原長能=ふじわらのながとう。生没未詳。
    伊賀守。能因法師は彼の弟子。中古三十六
    歌仙の一人。

「荒城の月」

2. 秋陣営の 霜の色
  鳴き行く雁の 数見せて
  植うる剣に 照りそいし
  昔の光 いまいずこ

4. 天上影は かわらねど
  栄枯は移る 世の姿
  写さんとてか 今もなお
  嗚呼荒城の 夜半の月

白波の 浜松が枝の 手向けくさ 幾代までにか
年の経ぬらむ    
                川島皇子

(しらなみの はままつがえの たむけくさ いくよ
 までにか としのへぬらん)

意味・・白波の寄せる浜辺の松の枝に結ばれた
    この手向けのものは、結ばれてからも
    うどのくらい年月がたったのだろう。

    自分達と同じくここで旅の安全を祈っ
    た昔の人の手向けくさを見て、その古
    人に年月を越えて共感した心を詠んだ
    歌です。
    参考歌に「岩代の浜松が枝を引き結び
    ま幸くあらばまた帰り見む」がありま
    す。(意味は下記参照)

 注・・手向けくさ=「手向け」は旅の無事を
      祈って神に幣を捧げること。「く
      さ」はその料、布、木綿、紙など。

作者・・川島皇子=かわしまのみこ。656~691。
    天智天皇の第二皇子。

参照歌です。

盤代の 浜松が枝を 引き結び 真幸くあらば 
また還り見む        
               有間皇子

(いわしろの はままつがえを ひきむすび まさきく
 あらば またかえりみむ) 

意味・・盤代の浜松の枝を結んで「幸い」を祈って行
    くが、もし無事であった時には、再びこれを
    見よう。

    有間の皇子は反逆の罪で捕えられ、紀伊の地
    に連行され尋問のうえ処刑された。
    松の枝を引き結ぶのは、旅路などの無事を祈
    るまじないです。

注・・盤代=和歌山県日高郡岩代の海岸の地名
   真幸(まさき)く=無事であったなら。

いつも聞く 麓の里と 思へども 昨日に変る
山おろしの風     
                藤原実定

(いつもきく ふもとのさとと おもえども きのうに
 かわる やまおろしのかぜ)

意味・・その風をいつも聞いている同じ麓の
    里だと思うのだけれど、立秋の今日
    は、夏であった昨日とはうって変わ
    って聞こえる山おろしの風よ。
 
注・・昨日と変わる=夏の昨日から立秋の
    秋に変わる。立秋は八月八日頃。
    山おろしの風=山ら吹きおろす風。

作者・・藤原実定=ふじわらさねさだ。1241
    年没。80歳。正二位権中納言。「新
    古今集」撰者の一人。 

出典・・新古今和歌集・288。

 

夏山の 楢の葉そよぐ 夕暮れは ことしも秋の
ここちこそすれ    
                源頼綱

(なつやまの ならのはそよぐ ゆうぐれは ことしも
 あきの ここちこそすれ)

意味・・夏山の楢の葉がそよぐ夕暮れは、毎年の
    ことながら 涼しくて今年も秋のような
    心地がすることだ。

    納涼で詠んだ歌です。

 注・・ことしも=夏ごとに納涼に来て、今年も。

作者・・源頼綱=みなもとのよりつな。~1097。
    従四位下三河守。

出典・・後拾遺和歌集・231。

いにしへの 古き堤は 年深み 池の渚に
水草生ひにけり    
               山部赤人

(いにしえの ふるきつつみは としふかみ いけの
 なぎさに みくさおいけり)

詞書・・故太政大臣藤原家の築山のある池を
    詠んだ歌。

意味・・ずっと昔から見慣れた池の堤ではあるが、
    主もなく年月を経て、渚にはびっしり水
    草が生えてしまった。

    時の経過をまざまざと見せる旧庭の荒廃
    を述べて鎮魂の意を込めて詠んでいます。

 年深み=年月を経る。「池」の縁で「深み」と
   詠んだもの。

作者・・山部赤人=やまべのあかひと。生没年未詳。
    奈良時代の初期の宮廷歌人。

出典・・万葉集・378。


吉野なる 菜摘の川の 川淀に 鴨ぞ鳴くなる
山陰にして         
               湯原王

(よしのなる なつみのかわの かわよどに かもぞ
 なくなる やまかげにして)

意味・・吉野にある菜摘の川の流れのよどみで、
    鴨の鳴く声が聞こえる。あの山の陰の
    所で。

    山の静寂感を詠んだ叙景歌です。

 注・・菜摘の川=吉野の宮滝の東方、菜摘の地を
      流れる吉野川。
    川淀=川の流れのよどんでいる所。

作者・・湯原王=ゆはらのおおきみ。生没年未詳。
    志貴皇子の子。万葉の後期の歌人。

出典・・万葉集375。

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