名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年09月

角力老いて やどもつ京の 月夜かな
          大伴大江丸(おおともおおえまる)

(すもうおいて やどもつきょうの つきよかな)

意味・・地方から上京して、かっては土俵上で
    はなばなしく活躍したこともあったが、
    今は年老いて引退し、京都の町裏でひ
    っそりと余生を送っている関取。ささ
    やかながら一戸を構え、妻女とともに、
    人目のつかないひっそりとした日々を
    送っている。人の世の栄枯をよそに秋
    の月は無心に照っている。

作者・・大伴大江丸=1722~1805。蕪村との交流
      を持つ。

いづこにか 身をばよせまし 世の中に 老をいとはぬ
人しなければ     藤原為頼(ふじわらのためより)

(いずこにか みをばよせまし よのなかに おいを
 いとわぬ ひとしなければ)

意味・・一体私はどこへ身を寄せたらいいので
    あろうか。世の中に老人をいやがらな
    い人はないから。

 注・・いとはぬ=厭はぬ。いやだと思わない。
    し=上接する語を強調する副詞。

作者・・藤原為頼=生没年未詳、998年頃没。紫
      式部の伯父。

朝ゆふに 思ふこころは 露なれや かからぬ花の
うへしなければ     良暹法師(りょうせんほうし)

(あさゆうに おもうこころは つゆなれや かからぬ
 はなの うえしなければ)

題意・・野の花を思う。

意味・・朝(あした)に夕べに秋野の花を思う私の心は
    たとえて言えば露であろうか。露のかからな
    い花のないように、心の懸からない花の上は
    ひとつもないので。

 注・・露なれや=露であるからであろうか。
    かからぬ=心の「かからぬ」と露の「かからぬ」
      を掛ける。
    花のうへしなければ=花の上は一つもないの
      で。「し」は上接する語を強調したり指示
      する。

作者・・良暹法師=生没年未詳。1048頃の人。雲林院
      の歌僧。

すむとても いくよもあらじ 世の中に くもりがち
なる 秋の夜の月  藤原公任(ふじわらのきんとう)

(すむとても いくよもあらじ よのなかに くもり
 がちとなる あきのよのつき)

題意・・仲秋の八月、月が雲に隠れたのを見て
    詠んだ歌。

意味・・月がよく澄むといっても幾夜もあるまい。
    雲に隠れて光を失うことの多い秋の夜の
    月なのだ。
    (人がこの世に住むといってもそう長くは
    あるまい。人生もいろいろ支障が多く心身
    をそこなうものだ)。

 注・・すむとてもいくよもあらじ=月が澄むとい
      っても幾夜もあるまい。人がこの世に
      住むといっても幾世もあるまい。
    くもりがちなる=雲に隠れて光を失う事が
      多い。人も色々と支障が多い。

作者・・藤原公任=966~1041。正二位権大納言。
      「和漢朗詠集」等の和歌の編著も多い。
      中古三十六歌仙の一人。
    

思ひやれ こころの水の あさければ かき流すべき
言の葉もなし    藤原実行(ふじわらのさねゆき)

(おもいやれ こころのみずの あさければ かき
 ながすべき ことのはもなし)

意味・・私のつらい気持ちを想像してください。
    私の心は浅はかなので、後世まで書き
    伝える事の出来る歌もありません。

    詞花(しか)和歌集を編集したいので、
    家集を見せて下さいと言われたので
    詠んだ歌です。

 注・・心の水=心を水に喩える。
    かき流す=「書き」に「掻き」を掛け
      る。言の葉という落ち葉を掻き流
      すイメージ。
    言の葉=和歌のこと。

作者・・藤原実行=1080~1162。太政大臣従・
      従一位。

いかなれば おなじ時雨に 紅葉する ははその杜の
うすくこからん    藤原頼宗(ふじわらのよりむね)

(いかなれば おなじしぐれに もみじする ははその
 もりの うすくこからん)

意味・・同じ時雨によって紅葉するものなのに、
    どういうわけで、柞(ははそ)の森は薄か
    ったり濃かったりするのだろうか。

    参考歌として良寛の歌に「いかなれば同
    じ一つに咲く花の濃くも薄くも色を分く
    らむ」があります。(意味は下記参照)

 注・・時雨=秋から冬にかけて降ったり止ん
      だりする小雨。
    ははその杜=柞の森。柞はイヌブナ科の
      落葉高木。コナラ、クヌギなど。

作者・・藤原頼宗=993~1065。藤原道長の次男。
      従一位右大臣。堀川右大臣と呼ばれ
      和歌が巧みであった。

参考歌です。

いかなれば 同じ一つに 咲く花の 濃くも薄くも
色を分くらむ               良寛

(いかなれば おなじひとつにさくはなの こくもうすくも
 色をわくらん)

意味・・どうしたことで、同じ一つの時期に咲く花が、
    濃い色や薄い色に色を分けて咲くのだろうか。    

 注・・いかなれば=どうして。

蛇足・・人も持ち場や立場で、また得て不得手により
    色々の花を咲かせるものである。


年へぬる 秋にもあかず 鈴虫の ふりゆくままに
声のまされば     藤原公任(ふじわらのきんとう)

(としへぬる あきにもあかず すずむしの ふりゆく
 ままに こえのまされば)

意味・・幾年も経った秋にもいやにならない事だ。
    鈴虫は鈴を振るように鳴いて、年老いて
    行くにつれて声がよりよくなるのだから。

    自分自身の気持ちであり、年々良くなっ
    て行く我が人生の喜びを詠んでいます。   

 注・・としへぬる=年経ぬる。幾年も経た。
    ふりゆく=鈴を振って鳴く「振り」と
      年老いるの「古り」を掛ける。

作者・・藤原公任=966~1041。正二位権大納言。
      「和漢朗詠集」等の和歌の編著も多い。
      中古三十六歌仙の一人。

菊の香やならには古き仏達   芭蕉(ばしょう)

(きくのかや ならにはふるき ほとけたち)

意味・・昨日から古都奈良に来て、古い仏像を拝んで
    まわった。おりしも今日は重陽(ちょうよう)
    で、菊の節句日である。家々には菊が飾られ
    町は菊の香りに満ちている。奥床しい古都の
    奈良よ。慕(した)わしい古い仏達よ。

    重陽の日(菊の節句・陰暦9月9日)に奈良で詠
    んだ句です。菊の香と奈良の古仏の優雅さと
    上品さを詠んでいます。

作者・・松尾芭蕉=1644~1694。「奥の細道」、「笈
      (おい)の小文」など。

きりぎりす 鳴くや霜夜の さ莚に 衣片敷き
ひとりかも寝ん    藤原良経(ふじわらのよしつね)

(きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころも
 かたしき ひとりかもねん)

意味・・こおろぎの鳴く、霜の降りる寒い夜、莚
    の上に衣の片袖を敷いて一人寂しく寝る
    のであろうか。

    「きりぎりす」や「さ莚」の語から山里
    での一人住みや旅の仮寝が思われる。
    恋の情調を漂わせながら、暮れ行く秋の
    寂しさ、孤独な一人寝のわびしさを詠ん
    でいます。なお、この歌を詠む直前に妻
    に先立たれたと言われています。

 注・・きりぎりす=今のこおろぎ。
    さ莚=さは接頭語。藁や菅などで編んだ
      粗末な敷物。「寒し」を掛ける。
    衣片敷き=昔、共寝の場合は、互いの衣
      の袖を敷き交わして寝た。片敷きは
      自分の衣の片袖を下に敷くことで、
      一人寝のこと。   

作者・・藤原良経=1169~1206。従一位太政大臣。
      新古今集の仮名序を執筆。

朽ちもせぬ ながらの橋の はし柱 久しきことの
見えもするかな      平兼盛(たいらのかねもり)

(くちもせぬ ながらのはしの はしばしら ひさしき
 ことの みえもするかな)

題意・・摂政藤原兼家の60歳の祝賀の宴で、
    屏風の長柄橋の絵を見て詠んだ歌。

意味・・いつまでたっても朽ちない長柄の橋
    の橋柱の久しいように、あなたさま
    の行く末も久しく末長く続くことが
    見られもすることでございます。

 注・・ながらの橋=大阪市大淀区の淀川に
      架かっている橋。河口が広く流
      れが変わるためよく決壊し修理
      繰り返された。
    はし柱=橋を支える堅固な主柱。

作者・・平兼盛=~990。駿河守。36歌仙の一人。
    

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