名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年10月

心には 秋の夕べを 分かねども ながむる袖に
露ぞ乱るる           
                源氏物語・浮舟

(こころには あきのゆうべを わかねども ながむる
 そでに つゆぞみだるる)

意味・・心では秋の夕暮れが悲しいと思っているわけ
    ではないが、物思いに沈む私の袖には涙の露
    が乱れ落ちます。

    物思いに沈む涙とは・・・。好きな人につれ
    なくされて出る涙か、それとも、平忠度の歌
    「行き暮れて木の下陰を宿とせば花はこよい
    の主ならまし」というように、敗者の無念の
    思いの涙か。(意味は下記参照)      

注・・分かねども=分からないけれど。「ね」は
    打ち消しの助動詞の已然形。
   ながむる=眺むる。物思いに沈むこと。
 
作者・・浮舟=源氏物語の浮舟の巻の主人公。
 
出典・・源氏物語。

参考歌です。

行き暮れて 木の下陰を 宿とせば 花やこよひの 
主ならまし       
                 平忠度

(ゆきくれて このしたかげを やどとせば はなや
 こよいの あるじならまし)

意味・・行くうちに日が暮れて、桜の木の下を今夜の宿と
    するならば、花が今夜の主となってこの悔しさを
    慰めてくれるだろう。

    一の谷の戦いで敗れて落ち行く途中、仮屋を探し
    ている時、敵方に討たれた。この時箙(えびら)に
    この歌が結ばれていた。

    敗者の悲しみとして、明治の唱歌「青葉の笛」に
    なっています。

    一の谷の 戦(いくさ)敗れ
    討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ
    暁寒き 須磨の嵐に
    聞こえしはこれか 青葉の笛

    更くる夜半に 門を敲(たた)き
    わが師に託せし
    言の葉あわれ
    今はの際(きわ)まで
    持ちし箙(えびら)に
    残れるは「花や今宵」の歌

 注・・行き暮れて=歩いて行くうちに暮れて。
 
作者・・平忠度=たいらのただのり。1147~
    1184。40歳。一の谷で戦死。
 
出典・・平家物語。 


心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の
秋の夕暮れ           
            西行(さいぎょう)
            (新古今和歌集・362)
(こころなき みにもあわれは しられけり しぎたつ
 さわの あきのゆうぐれ)

意味・・ものの情趣を解さない私のような者にも、
    この情景の趣き深さがしみじみと知られ
    ることだ。鴫の飛び立って行く秋の沢の
    夕暮れよ。

    下の句の絵画的美しさに感動して詠んだ
    歌です。三夕の歌のひとつ。

注・・心なき=情趣を解さない、教養がない。
   あはれ=しみじみとした趣。深い感慨。
   鴫(しぎ)=シギ科の鳥。長いくちばし・
    足を持ち飛ぶ力が強い。水辺に住み
    小魚を食べる。

作者・・西行=1118~1190。

寂しさは その色としも なかりけり 槙立つ山の
秋の夕暮れ     
            寂連法師(じゃくれんほうし)
            (古今和歌集・361)
(さびしさは そのいろとしも なかりけり まきたつ
 やまの あきのゆうぐれ)

意味・・この寂しさはとりたてて特にどの色から
    ということはないのだなあ。山全体から
    寂しさが漂うよ。杉や檜の茂る秋の夕暮
    れは。

    一見、秋らしくない常緑樹の山のいい難
    い寂しさを巧みに詠んだ歌です。
    三夕(さんせき)の歌の一つです。

    三夕の歌は、
   「心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)
    立つ沢の秋の夕暮れ・西行」
   「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の
    秋の夕暮れ」(意味は下記参照)  

注・・しも=上接する語を強調する。よりによって。
   槙(まき)=杉や檜など常緑樹の総称。

作者・・寂連法師=1202没。60余歳。新古今集の
     撰者の一人。

三夕の歌です。

見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の
秋の夕暮れ             藤原定家

(みわたせば はなももみじも なかりけり うらの
 とまやの あきのゆうぐれ)
 
意味・・見渡すと、色美しい春の花や秋の紅葉もない
    ことだなあ。この海辺の苫葺き小屋のあたりの
    秋の夕暮れは。(この夕暮れには寂しさがしみ
    じみと心にしみわたって来るものだ)。

注・・浦=海辺の入江。
    苫屋(とまや)=菅(すげ)や茅(かや)で編んだ
    むしろで葺(ふ)いた小屋。漁師の仮小屋。

忘らるる 身はことはりと しりながら 思ひあへぬは
なみだなりけり     清少納言(せいしょうなごん)

(わすらるる みはことわりと しりながら おもい
 あえぬは なみだなりけり)

意味・・この身が忘れ捨てられるのは当然だと
    心では分かっていながら、涙が出るの
    は、涙というものはそれを理解出来な
    いものなのですね。

    男の心の戻るのを願う気持ちを詠んだ
    歌です。

 注・・ことはり=筋道、道理。
    思ひあへぬ=思い切れない、思いに耐
      えられない。

作者・・清少納言=966~1027。枕草子の作者。
    清原元輔(契りきなかたみに袖をしぼり
    つつ末の松山波越さじとはの作者)の娘。

あらたまの 年の緒長く 我が思へる 子らに恋ふべき
月近づきぬ     藤原清河(ふじわらのきよかわ)

(あらたまの としのおながく わがおもえる こらに
 こうべき つきちかづきぬ)

意味・・長の年月、変ることなく私がずっと愛
    (いと)しんできた人、その人と離れて
    恋しく思わずにいられなくなる月が、
    今や近づいて来た。

    遣唐使として出航する前の余裕のある
    時期に、出航後の心情を詠んだ歌です。

 注・・あらたま=「年」の枕詞。
    年の緒=年が長く続くのを緒にたとえ
      ていう語。
    子=親しみを込めて相手を呼ぶ語。
      男女ともにいう。

作者・・藤原清河=705~778。従四位・参議。
      天平18年(746)遣唐使を拝命。
      入唐するが帰朝出来なかった。

    
      

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