名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年11月

荒栲の 布衣をだに 着せかてに かくや嘆かむ
為むすべをなみ   山上憶良(やまのうえのおくら)

(あらたえの ぬのきぬをだに きせかてに かくや
 なげかん せんすべをなみ)

意味・・お粗末な布製の着物でさえも子供に着せる
    ことが出来ないで、他にどうしょうもない
    ので、ただこのように嘆いてばかりいる事
    だろうか。(金持ちはどっさり不要の着物を
    しまっているのになあ。)

    この歌は貧乏人の立場に立って詠んだ歌で
    次の歌は金持ちの側に立って詠んだ歌です。
   「富人の家の子どもの着る身なみ腐し捨つらむ
    絹綿らはも」(意味は下記参照)

 注・・荒栲(あらたえ)=楮(こうぞ)の繊維による
     目の粗い布。
    着せかてに=着せかねて。可能の意の「かつ」
     に打ち消しの助動詞「ぬ」が接した形。
    すべをなみ=術を無み。頼るべき手段が無い。

作者・・山上憶良=660~733。遣唐使として唐に渡り、
     帰朝後、筑前守となる。

参考歌です。

富人の 家の子どもの 着る身なみ 腐し捨つらむ 
絹綿らはも           山上憶良(やまのうえおくら)

(とみひとの いえのこどもの きるみなみ くさしすつらん
 きぬわたらはも)

意味・・物持ちの家の子供が着あまして、持ち腐れに
    しては捨てている、その絹や綿の着物は、ああ。
    (もったいない。粗末な布の着物すら着せら
    れなくて嘆いている人もいるというのに。)

 注・・なみ=無み、無いために。
    着る身なみ=着物の数に対して、着る人が
       少ない状態。
    はも=深い感動の意を表す、・・よ、ああ。



太秦の 深き林を 響きくる 風の音すごき
秋の夕暮れ        小沢蘆庵(おざわろあん)

(うずまさの ふかきはやしを ひびきくる かぜのと
 すごき あきのゆうぐれ)

意味・・太秦の深い林を響かせながら吹いてくる
    風の音がすさまじい秋の夕暮れよ。

 注・・太秦(うずまさ)=京都市右京区にある地。

作者・・小沢蘆庵=1723~1801。漢学にすぐれ、
     官山茶(かんさざん)や頼山陽と交流。

草も木も 秋の末葉は 見え行くに 月こそ色も
かはらざりけれ  式子内親王(しょくしないしんのう)

(くさもきも あきのすえはは みえゆくに つきこそ
 いろも かわらざりけれ)

意味・・秋の末には草も木も先端の葉が色あせて
    ゆくのに、月だけは澄んだ光で色も変ら
    ないことだ。

作者・・式子内親王=~1201。後白河天皇の第三
     皇女。新古今時代の代表的女流歌人。

ますらをと 思へる我や 水茎の 水城の上に
涙拭はむ       大伴旅人(おおとものたびと)

(ますらおと おもえるわれや みずぐきの みずきの
 うえに なみだのごわむ)

意味・・知識もあり、武勇も備わった立派な男子
    だと自認していたこの私が、多年住み馴
    れた筑紫(つくし)を後に、親しんだ方々
    とも別れて帰郷する悲しさに、水城の上
    に立って不覚にも涙を流すのである。

    大伴旅人が筑紫から京に帰るとき、娘子
    らと別れる時に、「別れの易(やす)き事
    を傷みその会ひの難きことを嘆き」涙を
    拭きながら詠んだ歌です。

 注・・水茎(みずくき)の=山城の枕詞。
    水城(みずき)=外敵の進入を防ぐため、
     堤を築いて水をたたえた城郭。
    拭(のご)はむ=手でふき取る。

作者・・大伴旅人=665~731。大納言・従二位。

桜田へ 鶴なきわたる 年魚市潟 潮干にけらし
鶴なきわたる     高市黒人(たかいちのくろひと)

(さくらだへ たず なきわたる あゆちがた しおひに
 けらし たずなきわたる)

意味・・桜田の方へ、あれあのように鶴が群れ鳴き渡って
    いく。これで見ると、年魚市潟は潮干したものと
    見える。だから餌を求めて鶴が、あんなに鳴いて
    羽ばたいて行くよ。

    鶴は干潟に降りて餌を漁(あさ)る習性があるので
    年魚市潟の方に飛んで行く鶴を見て潮干になった
    と想像して詠んだ歌です。

 注・・桜田=名古屋市南区元桜田町のあたり。
    年魚市潟(あゆちがた)=名古屋市南部の入海だが
     今は埋め立てられている。

作者・・高市黒人=生没年未詳。702年頃活躍した人。

このページのトップヘ