名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2009年12月

はかなくて またや過ぎなん 来し方に かへるならひの
世なりとも         兼好法師(けんこうほうし)

(はかなくて またやすぎなん こしかたに かえる
 ならいの よなりとも)

意味・・過ぎてきた今までに再びかえる習わしが
    たとえこの世にあったとしても、やっぱ
    りまた、なんとなしにはかなく日々を過
    ごすであろうか。

 注・・はかなく=たいしたこともない、むなしい。

作者・・兼好法師=吉田兼好。1283~1352。鎌倉
    時代から南北時代の歌人。著書「徒然草」。

奈呉の海に 舟しまし貸せ 沖に出でて 波立ち来やと
見て帰り来む     田辺福麻呂(たなべのふくまろ)

(なごのうみに ふねしましかせ おきにいでて なみ
 たちくやと みてかえりこん)

意味・・誰かあの奈呉の海に乗り出す舟を、ほんの
    しばらくでよいから貸して下さいませんか。
    沖まで出て行って、もしや波が立ち寄せて
    くるかと見て来たいものです。

    福麻呂が使者として、越中(富山県)にいる
    大伴家持の家に訪ねた時に挨拶の歌として
    詠んだものです。
    海のない山国の奈良から来た人なので、海
    に対する好奇心を示しています。

 注・・奈呉の海=富山県高岡市から新湊市にかけ
     ての海。
    しまし=暫し。しばし。

作者・・田辺福麻呂=生没未詳。741年頃活躍した
     宮廷歌人。

皆人を 寝よとの鐘は 打つなれど 君をし思へば
寝ねかてぬかも     笠女郎(かさのいらつめ)

(みなひとを ねよとのかねは うつなれど きみを
 しおもえば いねかてぬかも)

意味・・皆の者寝よという時の鐘は鳴っているが、
    あなたを思うと眠ろうにも眠れません。

    悩みを持たない世の常の人と比べて、
    ひとり、恋にもだえる気持ちを詠んだ
    歌です。
    その後、片思いだと観念して次の歌を
    詠んでいます。
   「相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に
    額づくがごと」(意味は下記参照)

 注・・鐘=時守が亥の刻(午後十時頃)、人の
     寝静まるべきとされ時に打つ鐘。
    かてぬ=・・できない。

作者・・笠女郎=生没年未詳。大伴家持と交渉
     のあった女性歌人。

参考歌です。

相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後に 
額づくがごと         笠女郎

(あいおもわぬ ひとをおもうは おおでらの がきの
 しりえに ぬかずくがごと)

意味・・互いに思わない人を一方的に思うのは、大寺
    の餓鬼を後から額をこすりつけて拝んでいる
    ようなものだ。

    片思いは仏ならぬ餓鬼に、しかも後から拝む
    ように、何のかいもないことだと、我が恋を
    自嘲するものです。

 注・・相思はぬ=片思いのこと。
    後(しりえ)に=後から。

みやこにも 初雪ふれば をの山の まきの炭釜
たきまさるらん          相模(さがみ)

(みやこにも はつゆきふれば おのやまの まきの
 すみがま たきまさるらん)

意味・・都でも初雪が降ったので、良質の小野山の
    木を焼く炭窯はいよいよ燃え盛っているだ
    ろうよ。

 注・・をの山=小野山。京都市左京区大原辺。
    まきの炭釜=真木の炭窯。大原の良い木の
     炭を焼く窯。

作者・・相模=生没年未詳。995年頃の生れ。相模
     守大江公資(きんより)の妻となり相模と
     号した。

愚を以て身の芯となす露の玉 
             村上護(むらかみまもる)

(ぐをもって みのしんとなす つゆのたま)

意味・・草花につけた露は滑り落ちて、はかない命で
    ある。不安定な所に身を置く露の私は愚かに
    見えるであろう。がしかし、愚かであっても
    これが私の信念なのです。草花に身を置くか
    らこそ玉の露として美しいのです。

    露ははかない事、消えやすい事に譬えられ、
    また、珠や玉として美しいものに譬えられる。
    愚は愚かな事、くだらない事の意だが、謙遜
    して言う場合もある。「荘子」の言葉に「愚
    かなるが故に道なり」と持ち上げている。
    愚には人間の賢(さか)しらな知識や損得勘定
    が働いていない。それで本当の道に合すると
    いうものです。露も愚であるからこそ美しい
    と、作者は言っています。    

作者・・村上護=現今の俳人。
    

秋萩に 置きたる露の 風吹きて 落つる涙は
留めかねつも     山口女王(やまぐちのおおきみ)

(あきはぎに おきたるつゆの かぜふきて おつる
 なみだは 留めかねつも)

詞書・・大伴家持に贈った歌。

意味・・萩の花に宿っている露が風に散るように、
    私があなた恋しさに流す涙は、はらはらと
    こぼれ落ちて留めることが出来ません。
    
    悲恋の涙を玉の露のように美しく詠んだ歌
    です。

作者・・山口女王=伝未詳。

東路の 道の冬草 茂りあひて 跡だに見えぬ 
忘水かな      康資王母(やすすけおうのはは)

(あずまじの みちのふゆくさ しげりあい あとだに
 みえぬ わすれみずかな)

意味・・東国の道の冬草が茂りあって、人の足跡
    さえ見えないような忘れ水であることよ。

    草深い東国の忘れ水に、東国にいて都の
    友から忘れられる自分を暗示した歌です。

 注・・東路=東国。関東地方。
    跡だに=人の足跡さえ。手紙も貰えない
     ことを暗示している。
    忘水=野中に隠れて人に知られない水。
     作者自身を暗示している。

作者・・康資王母=生没年未詳。筑前守高階成順
     の娘。

うづくまる薬の下の寒さかな
           内藤丈草(ないとうじょうそう)

(うずくまる くすりのもとの さむさかな)

前書・・ばせを翁の病床に侍りて。

意味・・師芭蕉の病状は重い。師の病を案じながら
    火鉢の薬釜のそばでうずくまっていると、
    寒さがひしひし迫ってくる。また心配の為
    心も寒い。

    芭蕉臨終の数日前の吟です。

 注・・うづくまる=しゃがんで丸くなること。
    寒さ=冬の気温の寒さだけでなく、心理的
     な寒さも含めている。心の寒さ。

作者・・内藤丈草=1662~1704。尾張犬山藩士。後に
     遁世(とんせい・世を逃れ隠居すること)した。

わがまたぬ 年は来ぬれど 冬草の かれにし人は
おとづれもせず 
         凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)

(わがまたぬ としはきぬれど ふゆくさの かれにし
 ひとは おとずれもせず)

意味・・私が待ってもいない新年はもはや目の先
    まで来てしまったが、今時の枯葉同様に
    離(か)れてしまったお方は、訪問はおろか
    お手紙も下さらない。

    老人となったことを意識した歌です。

 注・・冬草の=「かれ」に掛かる枕詞。
    かれ=「枯れ」と「離れ」を掛ける。
    おとづれ=便りをする。訪問をする。

作者・・凡河内躬恒=生没未詳、900年前後に活躍
     した人。新古今集の撰者。

淋しさに 煙をだにも 絶たじとや 柴折りくぶる
冬の山里         和泉式部(いずみしきぶ)

(さびしさに けむりをだにも たたじとや しばおり
 くぶる ふゆのやまざと)

意味・・淋しいあまりに、せめて火(煙)だけでも
    絶やすまいとしてであろうか、小さい雑
    木(ぞうき)を折りくべて暖をとっている
    冬の山里の家の人たちよ。

 注・・煙をだにも=せめて煙なりと、せめて火
     なりと。
    柴=山野に生じる小さな雑木。

作者・・和泉式部=987~?。「和泉式部日記」等。

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