名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年02月

み吉野は 春のけしきに かすめども むすぼほれたる
雪の下草          紫式部(むらさきしきぶ)

(みよしのは はるのけしきに かすめども むすぼ
 ほれたる ゆきのしたぐさ)

意味・・み吉野はすっかり霞んで春景色になっているが、
    降り積もった雪の下の草は固く結ばれたままで、
    まだ芽を出していない。

    雪の下草は、一条天皇の中宮彰子の女房として
    出仕している作者自身を暗示しています。

 注・・むすぼれたる=根がもつれてほどけないでいる。
    雪の下草=雪に覆われて地下に埋まっている草。

作者・・生没年未詳。1013以降の没。源氏物語の作者。



    
   
  

鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は
忘らえめやも      大伴旅人(おおとものたびびと)

(とものうらの いそのむろのき みんごとに あいみし
いもは わすらえめやも)

意味・・鞆の浦の海辺の岩の上に生えているむろの木、
    この木をこれから先も見ることがあれば、その
    たび毎に、行く時共に見た妻のことが思い出さ
    れて、どうしても忘れられない事だろう。

    かっては妻と心楽しく接した景物に触発されて
    詠んだ歌であり、風物は昔のままであるが、妻
    は去ってもうこの世にいないという哀感を詠ん
    でいます。

 注・・鞆の浦=広島県福山市鞆町の海岸。古来より
     有名な海岸であった。
    むろの木=松杉科の常緑樹高木。

作者・・大伴旅人=665~731。従二位。大宰師(だざいの
     そち)として下向の時妻を失う。

梅散るや難波の夜の道具市
            建部巣兆(たけべそうちょう)

(うめちるや なにわのよるの どうぐいち)

意味・・かって栄えた人々が生活に窮して手放した
    由緒ある家具・小道具などが、夜の灯を浴
    びて売られている。美しい道具類が、灯火
    にあってますます古めかしくも上品なもの
    に見える。梅の花がはらはらと、売る人、
    買う人、売られる道具の上に散りかかり、
   「商業」というものが、ふと美しく、悲しく
    寂しいものに思われてくる。

    内容は違うが似ている句に、蕪村の次の句
    があります。
   「秋の灯やゆかしき奈良の道具市」
    (意味は下記参照)
   
 注・・難波=大阪。古い歴史の町でり、活況を呈
     する商業都市でもある。
    道具市=古道具をせり売りする市。夜間営業
     が多い。

作者・・建部巣兆=1761~1814。本名山本英親。加舎
     白雄(かやしらお)門。蕪村風の絵も描く。

参考句です。

秋の灯や ゆかしき奈良の 道具市    蕪村(ぶそん)

(あきのひや ゆかしきならの どうぐいち)

意味・・古都奈良の、とある路傍に油灯をかかげる古道具
    の市が出ている。さすがに仏都にふさわしく、仏像
    やさまざまな仏具も混じっていて、これらの品々に
    は年輪を得た古趣が感じられ、立ち去りがたい奥ゆ
    かしさがあるものだ。




沢に生ふる 若菜ならねど いたづらに 年を積むにも
袖は濡れけり     藤原俊成(ふじわらのとしなり)

(さわにおうる わかなならねど いたずらに としを
 つむにも そではぬれけり)

意味・・沢に生えている若菜を摘むと袖が濡れる。私は
    そういう若菜を摘むというのではないが、これ
    ということもなく、年をむなしく積み重ねて
    いると、悲しみの涙で袖が濡れるものだ。

    俊成26歳の時に詠んだ歌です。昇進が遅れ不遇
    のままでいる嘆きを詠んだものです。

 注・・いたづらに=むなしく、これということもなく。
     官位昇進が遅れ、いつまでも下積みの生活を
     送っていたことをさしている。

作者・・藤原俊成=~1204。91歳。正三位・皇太后宮大夫。
     「千載和歌集」の撰者。

春日野の 草は緑に なりにけり 若菜摘まんと
たれかしめけん    壬生忠見(みぶのただみ)

(かすがのの くさはみどりに なりにけり わかな
 つまんと たれかしめけん)

詞書・・屏風に書かれている歌。

意味・・春が来て、春日野の草は緑になったことだ。
    ここで若菜を摘もうと、誰が思って縄張り
    をしたのであろうか。

 注・・春日野=現在の奈良市奈良公園の一部。
    しめ=標。土地の領有、場所の区画、立ち
     入り禁止を示すための標識。

作者・・壬生忠見=生没年未詳。950年頃活躍した人。
     壬生忠岑の子。36歌仙の一人。

ほのぼのと 春こそ空に 来にけらし 天の香具山
霞たなびく        
            後鳥羽院(新古今和歌集・2)

(ほのぼのと はるこそそらに きにけらし あまの
 かぐやま かすみたなびく)

意味・・ほんのりと春が空に来ているらしい。今、
    天の香具山には、あのように霞が棚びいて
    いる。

    香具山を中心に、天地に広がってきている
    春の気配を詠んでいます。

 注・・ほのぼのと=ほんのりと。
    来にけらし=来たらしい。
    天の香具山=奈良県橿原市にある山。「天」
     は美称。

作者・・後鳥羽院=後鳥羽院。1189~1239。82代天皇。
     鎌倉幕府の打倒を企て敗れて隠岐に流される。
     「新古今集」の撰集を命じる。

父母が 頭掻き撫で 幸くあれて 言ひし言葉ぜ 
忘れかねつる    丈部稲麻呂(はせべのいなまろ)

(ちちははが かしらかきなで さくあれて いいし
 ことばぜ わすれかねつる)

意味・・お父さんお母さんが、かわるがわるこの頭を
    掻き撫でて、達者でな、と言ったあの言葉が
    今も忘れられない。

    防人として任地に行って、別れ際の父や母の
    しぐさや言葉を通して、望郷の思いを詠んで
    います。

 注・・幸(さ)くあれて=幸(さき)くあれと。東国の
    方言。
言葉ぜ=言葉ぞ。東国の方言。

作者・・丈部稲麻呂=東国の防人。

鶯の 谷よりいづる 声なくば 春来ることを
誰か知らまし       大江千里(おおえのちさと)

(うぐいすの たによりいずる こえなくば はるくる
 ことを たれかしらまし)

意味・・長い冬から開放され、谷間を出て梢にさえずる
    鶯の声を聞かないで、誰が春の来ることを知る
    ことが出来ようか。

作者・・大江千里=9世紀後半から10世紀前半に活躍した
     人。在原業平の甥。儒家。

出典・・古今和歌集・14。

見わたせば 山もとかすむ 水無瀬川 夕べは秋と
なに思ひけむ       後鳥羽院(ごとばいん)

(みわたせば やまもとかすむ みなせがわ ゆうべは
 あきと なにおもいけん)

意味・・見渡すと、山の麓がかすんで、そこを水無瀬川
    が流れている眺めは素晴らしい。夕べの眺めは
    秋が素晴らしいと、どうして思ったのであろう
    か。

 注・・山もと=山の麓。
    水無瀬川=大阪府三島郡を流れる川。淀川の
     支流。
    夕べは秋と=夕暮れの眺めは秋が優れていると。

作者・・後鳥羽院=~1239。60歳。82代の天皇。鎌倉
     幕府打倒を企てたが、破れて隠岐に流される。

麦蒔や百まで生きる貌ばかり   蕪村(ぶそん)

(むぎまきや ひゃくまでいきる かおばかり)

意味・・小春日の暖かい初冬の麦蒔き作業。百姓たちは
    いずれも健康そのもので、百まで生きそうな顔
    つきの老人ばかりだ。

 注・・貌(かお)=顔つき。

作者・・蕪村=1716~1783。与謝蕪村。



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