名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年04月

道の辺の 荊の末に はふ豆の からまる君を
はかれ行かむ    丈部鳥(はせつかべのとり)

(みちのべの うまらのうれに はうまめの からまる
 きみを はかれゆかん)

意味・・私がいよいよ出発する時、道端の茨の枝に這い
    からんでいる豆の蔓のように、私にまつわりつ
    いて離れまいとするおまえ(妻)と別れて行かね
    ばならないのか。えらいつらいことだ。

    天羽郡の防人の歌です。千葉県から福岡県の筑
    筑に防人として行く時の別れの歌です。人目も
    はばからず夫にしがみついて別れをつらがる様
    子を詠んでいます。

 注・・荊の末(うまらのすえ)=茨(いばら)の枝。
    はかれ=別れ。わかれる。
    天羽郡=千葉県君津市の南部一帯。

作者・・丈部鳥=生没年未詳。8世紀の人。天羽郡の防人。

春ごとに 見れども飽かず 山桜 年にや花の
咲きまさるらん      源縁法師(げんえんほうし)

(はるごとに みれどもあかず やまざくら としにや
 はなの さきまさるらん)

意味・・春が来るごとに見るのだけれど山桜は見あきが
    しない。というのも山桜は年々花がより美しく
    咲くからなのだろうか。

    「見れども飽かぬ」の原因を見る者の心に求めず
    「年にや花の咲きまさる」と実態に反した花の
    せいにした所に面白みを詠んでいます。 

 注・・年にや=「年に」は年ごとにの意。「や」は疑問
     を示す助詞。
    咲きまさる=いっそう美しく咲く。

作者・・源縁法師=生没年未詳。1070年頃の人。延暦寺
     の住職。


  

春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ
名こそ惜しけれ     周防内侍(すおうのないし)

(はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かいなく
 たたん なこそおしけれ)

意味・・春の夜の夢のようなはかない冗談ごとで、
    あなたの手枕をお借りしたために、何の
    甲斐もなく浮名が立つのはなんとも口惜
    しいことです。

    詞書は、
    陰暦二月頃の月の明るい夜、二条院の御所
    で、人々が夜通し物語などをしていた時に、
    周防内侍が物に寄り臥して「枕が欲しいもの
    です」とつぶやいた所、それを聞いた大納言
    藤原忠家が、「これを枕に」と言って自分の
    腕を御簾の下から差し入れたので、この歌を
    詠んだ。とあります。
    忠家がたわむれに差し入れた「かひな(腕)」
    を、とっさに「かひなく」と詠みこみ、軽妙
    に相手の意図をそらしています。

 忠・・春の夜の夢=はかないものの比喩。
    手枕=腕を枕にすること。男女共寝の相手の
     場合にいう。
    かひなく=何の甲斐もなく。「腕(かひな)」
     の掛詞。
    二条院=後一条院皇女章子内親王。

 作者・・周防内侍=生没年未詳。1065年頃に宮廷に
     仕える。周防守平棟仲の女(むすめ)。

出典・・千載和歌集・964、百人一首・67。

花もみな 散りなむのちは わが宿に なににつけてか
人を待つべき  
       中務卿具平(なかつかさきょうともひら)

(はなもみな ちりなんのちは わがやどに なにに
 つけてか ひとをまつべき)

意味・・我が家の取り柄といえば桜なのに、花もすっかり
    散ってしまった後は、自分の家に何をこと寄せて
    人を待てばよかろうか。散らないうちに早く訪ね
    てきてほしいものだ。

 注・・待つべき=待つことが出来ようか。「べき」は
     可能の助動詞「べし」の連体形。

作者・・中務卿具平=964~1009。村上天皇第七皇子。
    

ほのぼのと あかしの浦の 朝霧に 島隠れゆく
舟をしぞ思ふ           
             読人知らず
             (古今和歌集・409)

(ほのぼのと あかしのうらの あさぎりに しまかくれ
 ゆく ふねをしぞおもう)

意味・・ほんのりと明るんでいく明石の浦、その明石の
    浦に立ち込める朝霧の中を、島隠れに行く舟を
    しみじみと感慨深く眺めることだ。

    ほのぼのと明け行く明石の浦の朝霧の中をぼっ
    とかすみ、やがて点景となって消えてゆく舟に、
    危険の多い航路、旅に伴う不安を想いやり無事
    を祈る作者の心を詠んでいます。

 注・・ほのぼのと=ほんのりと、かすかに。
    あかしの浦=兵庫県明石の海岸。「あかし」に
     「明けし」を掛ける。
    舟をしぞ思ふ=「しぞ」は前の名詞の語を強調
     する。朝霧の中の弧舟、その中にあって旅を
     続ける人々の寂しさや心細さを強めて思いや
     っている。

作者・・柿本人麻呂とも言われています。

袴着てひとり立てるも花見かな
              伊藤信徳(いとうしんとく)

(はかまきて ひとりたてるも はなみかな)

意味・・袴を着て、あらたまった気持ちでひとり桜の木の
    下にたたずんでいるのも、美しい桜の花見には、
    ふさわしいものである。

    わざわざ花見のために袴をつけたものではなく、
    何かの用事で袴を身につけ、そのまま桜の下に
    立った姿です。
    入学式や入社式の終わった後、盛装のまま、桜
    の木の下に立って、晴れ晴れとした気持ち、嬉
    しさの気持ちを噛みしめた句です。

 注・・袴=改まった公式の服装のこと。
    ひとり立てる=にぎやかな集団の花見とは違う
     ことを強調している。

作者・・伊藤信徳=1633~1698。京都の裕福な商人。談
     林派の俳人で初期の芭蕉に影響を与えた。

大き波 たふれんとして かたむける 躊躇の間も
ひた寄りによる       木下利玄(きのしたりげん)

(おおきなみ たおれんとして かたむける ためらいの
 まも ひたよりによる)

意味・・大きな波が、まさに倒れようとして傾いている。
    そのためらいにも似たわずかなの時間にも、波
    はひたすらに寄せて来る。

    大波はそのまま停まっているわけではなく、波
    が倒れようとする一瞬、引力よりももっと強い
    沖から寄せる波の力に押されて寄せて来ている
    状態を詠んでいます。
    これは葛飾北斎の冨獄三十六景の波の画と同じ
    ですが、北斎の画には高波に小舟が呑まれそう
    な一瞬、舟客が無事を祈る姿が描かれています。
    利玄の大波はいつ襲ってくるか分からない災難
    を暗示しています。

 注・・躊躇(ためらい)=迷って心が決まらないこと。

作者・・木下利玄=1886~1925。東大国文学科卒。志賀
     直哉・武者小路実篤らと「白樺」を創刊。

うえおきし 人なき宿の 桜花 にほひばかりぞ 
かはらざりける        読人知らず

(うえおきし ひとなきやどの さくらばな におい
 ばかりぞ かわらざりける)

意味・・植えておいた人が亡くなったこの屋敷内は
    すっかり変ってしまったが、庭の桜花の色
    だけは昔に変らず美しく咲いていることだ。

 注・・にほひ=匂ひ。美しく映える色。香り。

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