名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年07月

大井川 くだすいかだし 早き瀬に あかでや花の
影をすぐらん      兼好法師(けんこうほうし)
              (兼好法師家集・39)

(おおいがわ くだすいかだし はやきせに あかでや
 はなの かげをすぐらん)

意味・・大井川を川下に漕ぎくだす筏師は、早瀬の為に
    花を満足に楽しむこともなくて、その下を過ぎ
    ることであろう。

 注・・大井川=京都市右京区嵯峨の嵐山の裾を流れる
     川。花や紅葉の名所。
    あかで=飽かで。なごり惜しい、心残りで。

作者・・兼好法師=1283年頃の生まれ。70歳位。後二
     条院の六位蔵人を経て30歳頃出家。作品に
     「徒然草」・「兼好法師家集」など。

一葉さへ まだ散りあへぬ 木の本に 先うちそよぐ
荻のうはかぜ            玄旨(げんし)
                   (玄旨百首・38)

(ひとはさえ まだちりあえぬ このもとに まず
 うちそよぐ おぎのうわかぜ)

意味・・木の葉の散る気配はまだ感じられないが、
    木の本の荻の末葉が先ず秋の風にそよぎ
    はじめたことだ。

 注・・あへぬ=・・しきれない、・・できない。
    荻=イネ科の植物。薄(すすき)にそっくり。

作者・・玄旨=1534~1610。俗名は細川藤考。安土
     桃山時代の武士。古典学者。

世を憂しと 思ふばかりぞ かずならぬ 我が身も人に
かはらざりける       頓阿法師(とんあほうし)
                (頓阿法師詠・340)

(よをうしと おもうばかりぞ かずならぬ わがみも
 ひとに かわらざりける)

意味・・とるにたらない我が身は、何事も人並みでない
    はずなのに、世を憂い辛く思う事だけは、人と
    変わりがないことだ。

    世の辛さだけは人並みだと皮肉に自嘲した歌で
    す。

 注・・かずならぬ=数える価値がない、取るに足りな
     い。

作者・・頓阿法師=1289~1372。俗名は二階堂貞宗。
     当時、浄弁、兼好、慶運らと共に和歌の
     四天王と称された。

思ふこと など問ふ人の なかるらん 仰げば空に
月ぞさやけき            慈円(じえん)
                   (新古今集・1780)

(おもうこと などとうひとの なかるらん あおげば
 そらに つきぞさやけき)

意味・・自分の思い悩んでいることをどうしてたずねて
    くれる人がいないのであろうか。仰げば空に月
    のみがさやかに照り、慰めてくれるかの如くだ。

    苦悩を知ってくれる人がいない寂しさを詠んで
    います。

 注・・思ふこと=作者の思い嘆いていること。
    など=などか。どうして。

作者・・慈円=1225年没。71歳。大僧正。新古今集に西
     行についで多く入首。

暮れぬとは 思ふものから いつもただ おどろかできく
鐘の音かな          頓阿法師(とんあほうし)
                 (頓阿法師詠・306)

(くれぬとは おもうものから いつもただ おどろかで
 きく かねのおとかな)

意味・・鐘の音に、また一日が暮れたと思いながらも、
    いつもそれだけで、世の無常を聞き取ること
    もない。

    鐘の音を無常の告知として深刻に聞かないと
    自省した歌です。

    参考です。

    祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
    娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことわり
    をあらはす。おごれる人も久しからず。
    ただ春の夢のごとし。たけき者もつひには
    滅びぬ。ひとへに風の前の塵に同じ。
    (平家物語・序) (意味は下記参照)

 注・・鐘の音=日暮れとともに、諸行無常を知らせ
     るもの。

作者・・頓阿法師=1289~1372。俗名は二階堂貞宗。
     当時、浄弁、兼好、慶運らと共に和歌の
     四天王と称された。

参考文の意味です。

祇園精舎という寺の音には、「諸行無常」(万物はたえ
ず変化してゆく)という道理を示す響きがあり、娑羅
双樹の花の色は、「盛んな者は必ず衰える」という理法
を表している。この鐘の声や花の色が示すとおり、おご
りたかぶっている者も、久しくその地位を保つことがで
きない。それはちょうど、さめやすい春の夢のようであ
る。勢いの盛んな者も、結局は滅びてしまう。それは、
全く、風前の塵のようなものである。

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