名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年09月

高松の この嶺も狭に 笠立てて 満ち盛りたる 
秋の香のよさ
                読人知らず
                 (万葉集・2233)

(たかまつの このみねもせに かさたてて みち
 さかりたる あきのかのよさ)

意味・・高松のこの峰も狭しとばかりに、ぎっしりと
    傘を突き立てて、いっぱいに満ち溢(あふ)れ
    ているきのこの、秋の香りの何とかぐわしい
    ことか。

    峰一面に生えている松茸の香りの良さを讃え
    た歌です。

 注・・高松の嶺=奈良市東部、春日山の南の山。
    笠立てて=松茸の生えている姿を、傘を地に
     突き立てたと見た表現。
    秋の香=ここでは秋の香りの代表として松茸
     の香り。

秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は
露にぬれつつ
              天智天皇(てんじてんのう)
               (後撰集・302、百人一首・1)

(あきのたの かりほのいおの とまをあらみ わが
 ころもては つゆにぬれつつ)

意味・・秋の田の仮小屋の屋根に葺(ふ)いた苫の目が
    粗いので、夜通し小屋で番をしている私の着物
    の袖は、こぼれ落ちる露に濡れていくばかりで
    ある。

    収穫期の農作業にいそしむ田園の風景を詠んだ
    歌である。しかし、農作業のつらさという実感
    は薄く、晩秋のわびしい静寂さを美ととらえた
    歌である。

 注・・仮庵=農作業のための粗末な仮小屋。「仮庵の
     庵」は同じ語を重ねて語調を整えたもの。
    苫をあらみ=「苫」は菅や萱で編んだ菰(こも)。
     「・・を・・み」は原因を表す語法。「・・
     が・・なので」
    衣手=衣の袖。

作者・・天智天皇=626~671。蘇我氏を倒し大化の改新
     を実現。近江(滋賀県)に都を開く。

君待つと 我が恋ひ居れば 我が屋戸の 簾動かし
秋の風吹く
             額田王(ぬかたのおおきみ)
               (万葉集・488)

(きみまつと わがこいおれば わがやどの すだれ
 うごかし あきのかぜふく)


意味・・あの方のおいでを待って恋しく思っていると、
    家の戸口の簾をさやさやと動かして秋の風が
    吹いている。

    夫の来訪を今か今かと待ちわびる身は、かす
    かな簾の音にも心をときめかす。秋の夜長、
    待つ夫は来ず、簾の音は空しい秋風の気配を
    伝えるのみで、期待から失望に思いは沈んで
    行く。

 注・・屋戸=家、家の戸口。

作者・・額田王=生没年未詳。万葉の代表的歌人。


    

難波潟 みじかき芦のふしの間も 逢はでこの世を
過ぐしてよとや
                伊勢(いせ)
           (新古今集・1049、百人一首・19)

(なにわがた みじかきあしの ふしのまも あわで
 このよを すぐしてよとや)

意味・・難波潟の芦の、その短い節と節の間のような、
    ほんのわずかな間も逢わないまま、私にこの
    世を終えてしまえと、あなたは言うのでしょ
    うか。

    実ることのない恋をしてしまった自分自身の
    人生が、いかにも痛ましいものとして見つめ
    ています。

 注・・難波潟=大阪湾の一部。「難波」は現在の大
     阪市やその周辺の古称。
    芦=イネ科の多年草。水辺に自生し、高さは
     2~4mになるが、節と節との間は短い。
    この世=男女の仲、人生、世間。ここでは
     男女の仲から人生の意に広がっている。
    過ぐしてよ=過ごしてしまえ。「てよ」は
     完了の助動詞「つ」の命令形。
    とや=「とや言ふ」の略。というのか。

作者・・伊勢=877~938。伊勢守藤原継陰の娘。代表
     的な女流歌人。

われが身に故郷ふたつ秋の暮れ
                吉分大魯(よしわけたいろ)
                  (蘆陰句選)

(われがみに ふるさとふたつ あきのくれ)

前書・・国を辞して九年の春、都を出て一とせの秋。

意味・・故郷徳島を離れてすでに九年にもなり、その
    なつかしさは当然のことであるが、住み慣れ
    た京都を出て一年たった今となってみると、
    その京都へのなつかしさもひとしおのもので、
    秋の暮にしみじみと感慨にふけり、感じやすく
    なっている自分の心には、二つながらともに
    なつかしい故郷である。

 注・・秋の暮=秋の終わり、秋の夕べ。ここでは秋
     の夕べの意。

作者・・吉分大魯=1730~1778。阿波国(徳島県)の藩士。
     俳諧を好み職を辞して京都に上り蕪村に学ぶ。
     句集に「蘆陰(ろいん)句選」
 

しののめの 空霧わたり 何時しかに 秋の景色に
世はなりにけり
            紫式部(むらさきしきぶ)
              (玉葉和歌集)

(しのしめの そらきりわたり いつしかに あきの
 けしきに よはなりにけり)

意味・・夏だから暑い暑いと思って過ごしていたある日、
    ふと朝早く起きて外に出てみると、ひんやりと
    秋の気配が感じられる。夜が明けきれば、日差
    しが夏の暑気をよみがえらせる。しかし、朝霧
    が立ち込めているこのひと時、思いがけない秋
    がそこに来ていた。

    早い朝の静寂さが余情として残ります。
    
 注・・しののめ=東雲。明け方のほのかに空が白んで
     くる頃。

作者・・紫式部=978~1016。「源氏物語」「紫式部日記」

いざ歌へ 我立ち舞はむ ひさかたの 今宵の月に
寝ねらるべしや
               良寛(りょうかん)
                 (良寛歌集・1212)

(いざうたえ われたちまわん ひさかたの こよいの
 つきに いねらるべしや)

意味・・さあ、あなたは歌いなさい。私は立って歌おう。
    今夜の美しい月を見て、寝ることが出来ようか、
    いや寝ることは出来ない。

    仲秋の名月の夜に友が来たので詠んだ歌です。

 注・・ひさかたの=天、月、光、空などの枕詞。

作者・・良寛=1758~1831。

世をあげし 思想の中に まもり来て 今こそ戦争を
憎む心よ
            近藤芳美(こんどうよしみ)
              (埃吹く街)

(よをあげし しそうのなかに まもりきて いまこそ
 せんそうを にくむこころよ)

意味・・世間の全てが軍国主義に駆り立てられていった
    状況の中で、ひそかに守ってきた思想がある。
    今こそ戦争を憎む心を高らかに表明し、その立
    場を貫きとおして行きたい。

 注・・思想=ここでは軍国主義思想の意。

作者・・近藤芳美=1913~2006。神奈川大学教授。中村健吉・
     土屋文明に師事。社会派の歌人。歌集に「早春歌」
     「埃(ほこり)吹く街」など。

身代は まはりかねたる 車引き つらきうき世を
おし渡れども

             紀定丸(きのさだまる)
               (徳和歌後万載集)

(しんだいは まわりかねたる くるまひき つらき
 うきよを おしわたれども)

意味・・つらいこの浮世を、難儀な道に車を押すように、
    何とかして渡っていこうとするのだが、車引き
    の仕事では、車は回っても身代は回りかねて、
    とかく思うようにならない。

    横に車を押すことも出来ないような下層労働者
    の生活の嘆声を詠んでいる。

 注・・身代=生計、暮し向き。
    車引き=荷車などを引いて生活する人。今では
     派遣労働者の立場。
    まはりかねたる=思うようにいかない。
    おし渡れども=困難を排して渡る。

作者・・紀定丸=1760~1841。吉見義方。四方赤良の甥。
     御勘定組頭。「狂月望」「黄表紙」。

夕煙 今日はけふのみ たてておけ 明日の薪は
あす採りてこむ

               橘曙覧(たちばなあけみ)
                 (橘曙覧歌集・37)

(ゆうけぶり きょうはきょうのみ たてておけ あすの
 たきぎは あすとりてこん)

意味・・夕煙を今日は今日だけ立てておこう。明日の
    薪は、また明日採ってこよう。

    日記を詳細に記していたが、煩わしくなり怠
    るようになった。罪悪感に捕らわれず、良く
    も悪くも自分の心の向かうままに従おう、と
    いう気持の時に詠んだ歌です。

 注・・夕煙=夕飯を炊く煙。

作者・・橘曙覧=1812~1868。越前福井の紙商の長男。
     早く父母に死別し、家業を異母弟に譲り隠
     棲(いんせい)。本居宣長の高弟の田中大秀
     に入門。「独楽詠」、「信濃夫舎歌集」。

このページのトップヘ