名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年09月

百草の 花の盛りは あるらめど したくだしゆく 
我ぞともしき
               良寛(りょうかん)
                 (良寛歌集・・538)

(ももくさの はなのさかりは あるらめど したく
 だしゆく われぞともしき)

意味・・沢山の草には、それぞれ花の盛りがある
    ようだが、次第に衰えていく私の身には
    まことに恨めしいことだ。

 注・・したくだし=次第に衰える。
    ともしき=うらめしい。

作者・・良寛=1758~1831。

ほどもなく 夏の涼しく なりぬるは 人に知られで
秋や来ぬらん
           藤原頼宗(ふじわらよりむね)
             (後拾遺和歌集・229)
(ほどもなく なつのすずしく なりぬるは ひとに
 しられで あきやきぬらん)

意味・・待つほどもなく、いつのまにか夏が涼しく
    なってしまったのは、人に知られないで秋
    がこっそり来たからなのだろうか。

 注・・ほどもなく=程も無く。間もなく。涼しく
     なる秋を待つ間もなく。

作者・・藤原頼宗=993~1065。道長の次男。従一位
     右大臣。堀河右大臣とよばれた。

松風の琴の唱歌や蝉のこえ
              野々口立圃(ののぐちりゅうほ)
                (そらつぶて)

(まつかぜの ことのしょうかや せみのこえ)

意味・・松吹く風は琴をかなでるように聞こえ、
    おりからの蝉の声は、それに合わせて
    うたう唱歌のようである。

 注・・唱歌=楽器に合わせて歌をうたう。

作者・・野々口立圃=1595~1669。雛人形の細工
     を業とする。源氏物語に詳しく「十帖
     源氏」を著す。他に句集「はなひ草」
     「そらつぶて」。

秋の野の くさむらごとに をく露は 夜なく虫の
なみだなるべし
             曾禰好忠(そねのよしただ)
               (詞花和歌集・118)

(あきののの くさむらごとに おくつゆは よるなく
 むしの なみだなるべし)

意味・・秋の野のどの草むらにも置いている露は、夜
    ないた虫の涙に違いない。

    虫の鳴き声を悲しみの泣き声と聞き、露はその
    涙だと考えたもの。

 注・・なく=「鳴く」と「泣く」の掛詞。

作者・・曾禰好忠=生没年未詳。十世紀後半の人。中古
     三十六歌仙の一人。

咲きにけり くちなし色の 女郎花 言わねどしるし 
秋のけしきは
             源縁法師(げんえんほうし)
               (金葉和歌集・169)

(さきにけり くちなしいろの おみなえし いわねど
 しるし あきのけしきは)

意味・・咲いたことだ。くちなし色の女郎花の花が。口に
    出して言わないけれど、はっきりしてきたものだ。
    秋の気配が。

 注・・くちなし色=赤味がかった濃い黄色。「口無し」
    の意を掛ける。
    しるし=知るし。わかる、感じる。

作者・・源縁法師=生没年未詳。比叡山の僧。
 

月にこそ むかしの事は おぼえけれ 我をわするる
人にみせばや
            中原長国(なかはらのながくに)
              (詞花和歌集・305)
(つきにこそ むかしのことは おぼえけれ われを
 わするる ひとにみせばや)

意味・・月によってこそ昔の事は思い出されてくる
    ものなのだなあ。私を忘れている人に見せ
    たいものだ。

    昔、月を一緒に見た友とは今は途絶えている
    が、月を見れば当時の様子が思い出される。
    友も月を見たら私を思い出して欲しいという
    気持です。

 注・・おぼえけれ=覚えけれ。思い浮かばれる。

作者・・中原長国=~1054。肥前守・従四位。

年を経て 世の憂きことの まさるかな 昔はかくも
思はざりしを
             藤原良基(ふじわらのよしもと)
               (詠百歌・88)

(としをへて よのうきことの まさるかな むかしは
 かくも おもわざりしを)

意味・・年を経るにつけて世の中のつらいことがまさる
    ことだ。昔はこうも思わなかったのだが。

    青年期と壮年期とを比較して力の弱ったことを
    述懐した歌です。

 注・・憂き=つらいこと、せつないこと。

作者・・藤原良基=1320~1388。南朝と北朝の対立の時
     後醍醐天皇の信任を受け北朝の摂関職になる。

今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を
待ち出でつるかな
            素性法師(そせいほうし)
             (古今集・・691、百人一首・21)

(いまこんと いいしばかりに ながつきの ありあけの
 つきを まちいでつるかな)

意味・・今夜暗くなったらすぐに行くよと、あなたが
    言われたばかりに、私は9月の長い夜を待ち
    続けているうちに、待ち人はついに来なくて
    出るのが遅い月のほうが空に現れてしまいま
    した。

    作者は男であるが女の立場に立って詠んだ歌
    です。男が「今来む」と言って来たので、女
    は今か今かと待ち続けて、明け方になって有
    明の月が出てしまったと、裏切られ待ちくた
    びれた寂しい女の気持です。

 注・・今=今すぐに。
    長月=陰暦9月。
    有明の月=16日以降の、夜明け方になって
     も空に残っている月。

作者・・素性法師=生没年未詳。898年頃活躍した人。



涙やは 又もあふべき つまならん 泣くよりほかの 
なくさめぞなき
           藤原道雅(ふじわらのみちまさ)
             (後拾遺和歌集・742)

(なみだやは またもあうべき つまならん なくより
 ほかの なぐさめぞなき)

意味・・涙というものは再び逢えるきっかけになる
    ものだろうか、いやそうではない、なのに
    泣けば心が慰められる。今はもう泣くこと
    以外の慰めはないことだ。

 注・・やは=反語の係助詞。・・だろうか、いや
     ・・ではない。
    つま=端。端緒、手がかり、きっかけ。

作者・・藤原道雅=993~1054。左京大夫・従三位。

ながむれば 千々にもの思ふ 月にまた わが身ひとつの
峰の松風
              鴨長明(かものちょうめい)
                (新古今集・397)

(ながむれば ちぢにものおもう つきにまた わがみ
 ひとつのみねのまつかぜ)

意味・・しみじみと見入っていると、さまざまな物思い
    をさせる月に加えて、さらにまた、一人住まい
    の私の身だけに吹いて、物思いをいっそう深く
    させる松風だ。

    山の庵に一人住む身のものとして詠んだ歌です。
    次の本歌を念頭に詠んでいます。

   「月見れば千々にものこそ悲しけれ我が身ひとつの
    秋にはあらねど」  (意味は下記参照)

 注・・ながむれば=ぼんやりと思いふけると、しみじみ
     と見入っていると。
    千々に=さまざまに。
    わが身ひとつの=私の身にだけ吹いて、物思いを
     いっそう深くさせる、の意。

作者・・鴨長明=~1216。62歳。従五位。1204年出家する。
     「方丈記」の作者。

本歌です。

月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身一つの
秋にはあらねど
             大江千里(おおえのちさと)
              (古今集・193、百人一首・23)

(つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみ
 ひとつの あきにはあらねど) 

意味・・月を見ると、私の想いは、あれこれと限りなく物悲
    しくなる。私一人だけの秋ではないのだけれど。
    
    秋の月を見て悲しく感じるのは、誰でも同じであろ
    うけれども、自分だけがその悲しみを味わっている
    ように思われる。

注・・ちぢに=千々に、さまざまに、際限なくの意。
    もの=自分を取りまいているさまざまな物事。


    

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