名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年09月

しののめの 空霧わたり 何時しかに 秋の景色に
世はなりにけり
            紫式部(むらさきしきぶ)
              (玉葉和歌集)

(しのしめの そらきりわたり いつしかに あきの
 けしきに よはなりにけり)

意味・・夏だから暑い暑いと思って過ごしていたある日、
    ふと朝早く起きて外に出てみると、ひんやりと
    秋の気配が感じられる。夜が明けきれば、日差
    しが夏の暑気をよみがえらせる。しかし、朝霧
    が立ち込めているこのひと時、思いがけない秋
    がそこに来ていた。

    早い朝の静寂さが余情として残ります。
    
 注・・しののめ=東雲。明け方のほのかに空が白んで
     くる頃。

作者・・紫式部=978~1016。「源氏物語」「紫式部日記」

いざ歌へ 我立ち舞はむ ひさかたの 今宵の月に
寝ねらるべしや
               良寛(りょうかん)
                 (良寛歌集・1212)

(いざうたえ われたちまわん ひさかたの こよいの
 つきに いねらるべしや)

意味・・さあ、あなたは歌いなさい。私は立って歌おう。
    今夜の美しい月を見て、寝ることが出来ようか、
    いや寝ることは出来ない。

    仲秋の名月の夜に友が来たので詠んだ歌です。

 注・・ひさかたの=天、月、光、空などの枕詞。

作者・・良寛=1758~1831。

世をあげし 思想の中に まもり来て 今こそ戦争を
憎む心よ
            近藤芳美(こんどうよしみ)
              (埃吹く街)

(よをあげし しそうのなかに まもりきて いまこそ
 せんそうを にくむこころよ)

意味・・世間の全てが軍国主義に駆り立てられていった
    状況の中で、ひそかに守ってきた思想がある。
    今こそ戦争を憎む心を高らかに表明し、その立
    場を貫きとおして行きたい。

 注・・思想=ここでは軍国主義思想の意。

作者・・近藤芳美=1913~2006。神奈川大学教授。中村健吉・
     土屋文明に師事。社会派の歌人。歌集に「早春歌」
     「埃(ほこり)吹く街」など。

身代は まはりかねたる 車引き つらきうき世を
おし渡れども

             紀定丸(きのさだまる)
               (徳和歌後万載集)

(しんだいは まわりかねたる くるまひき つらき
 うきよを おしわたれども)

意味・・つらいこの浮世を、難儀な道に車を押すように、
    何とかして渡っていこうとするのだが、車引き
    の仕事では、車は回っても身代は回りかねて、
    とかく思うようにならない。

    横に車を押すことも出来ないような下層労働者
    の生活の嘆声を詠んでいる。

 注・・身代=生計、暮し向き。
    車引き=荷車などを引いて生活する人。今では
     派遣労働者の立場。
    まはりかねたる=思うようにいかない。
    おし渡れども=困難を排して渡る。

作者・・紀定丸=1760~1841。吉見義方。四方赤良の甥。
     御勘定組頭。「狂月望」「黄表紙」。

夕煙 今日はけふのみ たてておけ 明日の薪は
あす採りてこむ

               橘曙覧(たちばなあけみ)
                 (橘曙覧歌集・37)

(ゆうけぶり きょうはきょうのみ たてておけ あすの
 たきぎは あすとりてこん)

意味・・夕煙を今日は今日だけ立てておこう。明日の
    薪は、また明日採ってこよう。

    日記を詳細に記していたが、煩わしくなり怠
    るようになった。罪悪感に捕らわれず、良く
    も悪くも自分の心の向かうままに従おう、と
    いう気持の時に詠んだ歌です。

 注・・夕煙=夕飯を炊く煙。

作者・・橘曙覧=1812~1868。越前福井の紙商の長男。
     早く父母に死別し、家業を異母弟に譲り隠
     棲(いんせい)。本居宣長の高弟の田中大秀
     に入門。「独楽詠」、「信濃夫舎歌集」。

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