名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年11月

秋の夜の ほがらほがらと 天のはら てる月かげに
雁なきわたる 
             賀茂真淵(かものまぶち)
               (賀茂翁家集・182)

(あきのよの ほがらほがらと あまのはら てるつき
 かげに かりなきわたる)

意味・・秋の夜が明るく晴れて天空を月の光が満たす
    なか、雁が鳴きながら飛んで行く。

 注・・ほがらほがら=朗ら朗ら。はっきりしている
     さま。
    天のはら=天の原。大空、天の広大さをいう。
    月かげ=月の光。

作者・・賀茂真淵=1697~1769。神官の家に生れる。
     本居宣長(もとおりのりなが)らの門人を
     育成。「賀茂翁家集」。

あさがほを なにはかなしと 思ひけむ 人をも花は
いかが見るらむ
            藤原道信(ふじわらのみちのぶ)
              (和漢朗詠集・294)

(あさがおを なにはかなしと おもいけん ひとおも
 はなは いかがみるらん)

詞書・・女院にて槿を見給ひて。

意味・・朝顔の花を人はどうしてはかないものだと思っ
    ていたのだろうか。人間こそはかないものでは
    ないか、花はかえって人間をどのように思って
    見ていることだろうか。

    参考詩です。

    松樹千年終にこれ朽ちぬ 槿花一日おのづから
    栄をなす  (意味は下記参照)

 注・・槿=むくげ、あさがお。アオイ科の3m程の落葉
     潅木。花は朝開いて夕にはしぼんでしまう。
    かなし=哀し。せつない、気の毒だ。

作者・・藤原道信=972~994。23歳。従四位上・左近中将。
     中古三十六歌仙の一人。

参考詩です。

    松樹千年終にこれ朽ちぬ 槿花一日おのづから
    栄をなす    
             白楽天(はくらくてん)

    (しょうじゅせんねん ついにこれくちぬ 
     きんかいつじつ おのずから えいをなす)

意味・・松は千年の齢を保つというけれど、ついには
    朽ちてはてる時がある。あさがおの花は悲し
    花だとはいうけれども、自然彼らなりに一日
    の栄を楽しんでいる。
    他をうらやまず己の分に安んずべきことをいう。

   



磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど 見すべき君が
在りと言はなくに
             大伯皇女(おおくのひめみこ)
               (万葉集・166)

(いそのうえに おうるあしびを たおらめど みすべき
 きみが ありといわなくに)

意味・・岩のほとりに生えている美しいこの馬酔木の花を
    手折ろうとして見るけれど、その花を見せたい弟
    は最早この世に生きていない。
    
    詞書きによると、大津皇子を葛城の二上山に葬っ
    た時、妹の大伯皇女が哀傷して詠んだ歌です。

 注・・磯=池や川などの磯。
    馬酔木(あしび)=ツツジ科の常緑低木。すずらん
     に似た小花を房状につける。牛・馬がその葉を
     食べると中毒し酔ったようになる。
    在りと言はなくに=生きていると言ってくれる者
     がいない。
    葛城の二上山=奈良県北葛城郡当麻(たいま)町の
     西の山。
    大津皇子=686年に草壁皇太子への反逆を企て、
     それが発覚して殺された。仕組まれた罠とも
     いう。

作者・・大伯皇女=674年14歳で伊勢の斎宮になる。大津
     皇子の姉。

山かひの 秋のふかきに 驚きぬ 田をすでに刈りて 
乏しき川音
            中村憲吉(なかむらけんきち)
              (しがらみ)

(やまかいの あきのふかきに おどろきぬ たを
 すでにかりて とぼしきかわおと)

意味・・山峡の小村に訪れた秋の深さーものの活気が
    衰え、元の力や姿が失われる秋ーに驚かされ
    る。一面に刈り尽くされた田の面の寂しさ、
    水のやせた川音の乏しさに。

作者・・中村憲吉=1889~1934。東京大学経済学科卒。
     斉藤茂吉・土屋文明らと親交を結ぶ。「しが
     らみ」「林泉集」。

人も惜し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆえに 
もの思ふ身は
           後鳥羽院(ごとばいん)
           (続後撰集・1202、百人一首・99)

(ひともおし ひともうらめし あじきなく よをおもう
 ゆえに ものおもうみは)

意味・・人がいとしくもあり、また人が恨めしくも思われる。
    思うようにならないと、この世を思うゆえに、あれ
    これと物思いをする私の身は。

    平安の王朝の時代が終わり、鎌倉の武家の時代に移っ
    て行く過程の時期。政(まつりごと)を掌握しなければ
    ならない帝王の意のままにならなくなったこの時代の
    寂しさを詠んでいます。

 注・・惜し=大切で手放しにくい、いとしい。
    あぢきなく=思うようにならずどうしょうもない気
     持、面白くない。
    世を思ふ=「世」は為政者にとっての治世。鎌倉幕府
     との関係を憂慮する意。

作者・・後鳥羽院=1180~1239。承久の乱で隠岐に流される。
     「新古今集」の撰集を命じる。
    

落ちて行く 身と知りながら もみぢ葉の 人なつかしく
こがれこそすれ
            皇女和宮(こうじょかずのみや)

(おちてゆく みとしりながら もみじばの ひと
 なつかしく こがれこそすれ)

意味・・燃えるような紅葉の彩りは、しかし、よく見ると
    風に舞って落ちてゆく。その身の不運を知りなが
    らも、その不運を嘆くだけでなく、その一葉一葉
    にも生命があり、それを燃やし尽くしている。
    私は、政略結婚でこれから嫁いで行くのだが、不運
    を嘆くのでなく、相手の心に打ち解け、いちずに
    恋慕い尽してゆかねばと思う。

    徳川将軍家茂(いえもち)に16歳で嫁いで行く道中
    で詠んだ歌です。

 注・・なつかしく=心にひかれる。
    こがれ=焦がれ。いちずに恋したう。思い焦がれ
     る。

作者・・皇女和宮=1846~1877。31歳。政略結婚で14代
     徳川将軍家茂(いえもち)に嫁ぐ。

そら数ふ 大津の子が 逢ひし日に おほに見しくは
今ぞ悔しき
         柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)
           (万葉集・219)

(そらかぞう おおつのこが あいしひに おおに
 みしくは いまぞくやしき)

詞書・・吉備津采女が死にし時に、柿本朝臣人麻呂が
    作れる歌。

意味・・大津の采女(うねめ)に、生前縁があって一度
    会ったことがあるが、その時にはただ何気な
    く過ごした。それが今では残念である。

    吉備の国(岡山県)に住んでいた采女が現職を
    離れ大津に住み亡くなったものと思われる。
    生前、この人のために何かしてあげていれば
    良かったという気持もあります。

 注・・吉備津の采女=吉備の国(岡山県)の津の郡出身
     の采女。
    采女(うねめ)=天皇の食事などの雑役に携わ
     った後宮の女官。美女が多い。
    そら数ふ=大津の枕詞。そらで数えるとおお
     よそという意。
    大津の子=大津(滋賀県)の采女。
    おほに=凡に。はっきりしない、ぼんやり。

作者・・柿本人麻呂=生没年未詳。万葉の歌人。
    

にぎはしく 人住みにけり はるかなる 木むらの中ゆ
人笑ふ声
             釈迢空(しゃくちょうくう)
               (海やまのあひだ)

(にぎわしく ひとすみにけり はるかなる こむらの
 なかゆ ひとわらうこえ)

意味・・人々はにぎわしく親しくして、この山中に住み
    ついているもんだなあ。木々の茂りの中から遠
    く、笑い声が聞えてくる。

    山中を旅して感じた歌です。奥山も人が住む環
    境になっていて、このような所も皆あい寄って
    住みあっていることに、作者は深く感じとって
    います。その反面、他郷を旅する作者の孤独感
    を深めています。

 注・・木むら=木叢。木のよく茂った所。

作者・・釈迢空=1887~1953。本名折口信夫。慶応義塾
     大学文学部教授。北原白秋らと「日光」を創
     刊。「海やまのあひだ」「口訳万葉集」など。

みじかさも 忘れまほしき 秋の日を 時打つ鐘は
わびしかりけり
             大隈言道(おおくまことみち)
               (草経集)

(みじかさも わすれまほしき あきのひを ときうつ
 かねは わびしかりけり)

意味・・為すべき事が沢山あって、時間が足りないと
    思いつつ、気にかけないようにしていた秋の
    一日だが、鐘が鳴り出し、残り少ない時間が
    思い起こされ侘しくさせられることだ。

    日々の時間の経過を知らせる鐘は、人生に残
    された時間も告げており、侘しさをつのらせて
    いる。

 注・・まほしき=自分の希望を表す。・・したい。
    わびし=侘し。物寂しい、気落ちして心が
     晴れない、せつない。

作者・・大隈言道=1798~1866。商家の生まれ。家業
     を弟に譲り隠棲する。歌集「早経集」。

たがためぞ 夜半の衣の うら風に うつ声たえぬ
秋のしらなみ
                心敬(しんけい)
                 (寛正百首・51)

(たがためぞ よわのころもの うらかぜに うつこえ
 たえぬ あきのしらなみ)

意味・・誰の為に打つのであろうか、秋の夜中に衣打つ
    砧(きぬた)の音が、浦風にのって白波のように
    繰り返し絶えず聞えてくる。

    海辺に寝た夜、たえず聞えてくる砧の音から、
    砧を打つ女の身の上を思いやって詠んだ歌です。

 注・・衣のうら風=「衣」の縁で「裏」と続け「浦」を
     導きだした。浦風は海岸に吹く風。
    衣の・・うつ=木の槌で衣を打ち、柔らかくした
     り、つやをだしたりすること。
    しらなみ=「知らな」を掛け、「たがためぞ」を
     を受ける。

作者・・新敬=1406~1475。3歳の時上京して僧になる。
     権大僧都。「ささめごと」「老のくくりごと」。

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