名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2010年12月

ながめこし 花より雪の ひととせも けふにはつ瀬の
いりあひの鐘
             頓阿法師(とんあほうし)
              (頓阿法師詠・233)

(ながめこし はなよりゆきの ひととせも けふに
 はつせの いりあいのかね)

意味・・春の花から冬の雪まで、ずっと眺めてきた
    この一年も、今日で終わったと初瀬の入相
    の鐘が響いている。

 注・・初瀬=奈良県桜井市初瀬。長谷寺がある。
    入相=夕暮れ。

作者・・頓阿法師=1289~1372。俗名は二階堂貞宗。
     和歌の四天王。

山の端に あぢ群騒ぎ 行くなれど 我は寂しゑ
君にしあらねば
            舒明天皇(じょめいてんのう)
              (万葉集・486)

(やまのはに あじむらさわぎ ゆくなれど われは
 さぶしえ きみにしあらねば)

意味・・山際をあじ鴨が群れ鳴いて、騒ぎ飛行くように、
    多くの人が通り過ぎて行くけれども、私は寂しゅ
    ございます。その人々はあなたではありません
    から。

    亡き人を恋慕った歌です。
    この歌の長歌です。
    広い国土には人がいっぱいに満ち満ちて、まるで
    あじ鴨の群れのように、乱れて行き来するけれど、
    どの人も私のお慕いるあの方ではないものだから、
    恋しさに、昼は昼とて暗くなるまで、夜は夜明け
    まであなたを思い続けて、眠れないままにとうとう
    一夜を明かしてしまった。長いこの夜なのに。

    作者ははっきりせず、女性が詠んだ歌といわれ
    ている。

 注・・あぢ=小型の鴨であじ鴨。
    ゑ=嘆きをこめた感動を表す助動詞。

作者・・舒明天皇=34代天皇。

としどしの としはかたちに ゆづりやりて 心にとしは 
とらせずもがな
             大屋裏住(おおやのうらすみ)
               (万代狂歌集)

(としどしの としはかたちに ゆずりやりて こころに
 としは とらせずもがな)

意味・・年毎に加える齢(よわい)は、外見の形の方にゆずり
    やって、心には年をとらせたくないものだ。

    肉体の老衰はまぬがれないものとしても、精神年齢
    はいつまでも若く、みずみずしくありたいと誰しも
    の願いを歌っています。
    「とし」と「と」の重複も快いひびきをだしている。

 注・・かたち=姿形。外貌。
    もがな=希望の助詞。

作者・・大屋裏住=1734~1810。日本橋の裏長屋に住み大屋
     をしていた。

数ふれば 我が身に積もる 年月を 送り迎ふと
なに急ぐらむ
           平兼盛(たいらのかねもり)
             (拾遺和歌集・261)

(かぞうれば わがみにつもる としつきを おくり
 むかうと なにいそぐらん)

意味・・数えてみると、つまりは年齢として自分の身に
    積もる年月なのであるが、その老年に近づく年
    を送って、また新しく迎えようとして、人々は
    忙しくしているけれども、なんでそう年月を過
    ごすことを急いでいるのだろう。

    年末のあわただしい人の動きを見て、どうして
    このようにあくせくするのかと、逆説的に問い
    かけたものです。

作者・・平兼盛=~990。従五位上・駿河守。三十六歌仙
     の一人。家集「兼盛集」。

おしなべて 同じ月日の 過ぎゆけば 都もかくや
年は暮れぬる
            西行(さいぎょう)
             (山家集・575)

(おしなべて おなじつきひの すぎゆけば みやこも
 かくや としはくれぬる)

意味・・どこでも一様に月日が過ぎてゆくから、あなたの
    住む都も、この高野山同様に今年も暮れているの
    でしょうね。それにつけて、わが身同様、あなた
    も深い感慨がおありでしょう。

    西行のいる高野山から都の人にことづけた歌です。
    流れる月日は同じでも、迎春の準備をする境遇は
    世間一般の人とは全く違っている、という気持を
    詠んでいます。

 注・・かくや=高野山におけると同様。

作者・・西行=1118~1190.本名は佐藤義春。鳥羽院の北面
     の武士。23歳で出家。家集「山家集」。
    


目も離れず 見つつ暮らさん 白菊の 花より後の
花しなければ
              伊勢大輔(いせのだいふ)
               (後拾遺和歌集・349)

(めもかれず みつつくらさん しらぎくの はなより
 のちの はなしなければ)

意味・・目も離さず、じっと眺めて日を暮らそう。この
    白菊の花より後に咲く美しい花は無いのだから。

 注・・花しなければ=美しい花がないので。「し」は
     上の語を強調する助詞。

作者・・伊勢大輔=生没年未詳。1008年頃、一条天皇の
     皇后・藤原彰子に出仕。筑前守高階成順の妻。

おもふこと かくてや終に やまがらす 我がかしらのみ
しろくなれれば
             小沢濾庵(おざわろあん)
               (六帖詠藻)

(おもうこと かくてやついに やまがらす わがかしら
 のみ しろくなれれば)

意味・・思うことも実現しないまま、こうして終わって
    しまうのか。山烏よ、お前の頭は白くならない
    で、私の頭ばかりが白くなっていく。

 注・・やまがらす=「終にやまむ」を「やまがらす」に
     掛ける。

作者・・小沢濾庵=1723~1801。和歌の指導のみで生活を
     送ったので貧しかった。「六帖詠藻」。


秋果てて わが身時雨に ふりぬれば 事の葉さへに
うつろひにけり
              読人知らず
              (後撰和歌集・450)

(あきはてて わがみしぐれに ふりぬれば ことのは
 さえに うつろいにけり)

意味・・秋が終わって時雨が降るとともに、我が身も古く
    なってしまったせいか、木の葉が色変わりするの
    に併せて、あなたの言葉もすっかり様変わりして
    しまったですね。

    小野小町の次の歌の異伝と言われています。
    「今はとてわが身時雨にふりぬれば言の葉さへに
    移ろひにけり」 (意味は下記参照)

 注・・秋果てて=あなたが私を「飽き果てて」を掛ける。
    ふり=「降り」と「古り」を掛ける。
    事の葉さへに=木の葉だけでなく、相手の言の葉
     までが散って枯れて行くの意。
    うつろひ=最高の状態の物が衰えて行くこと。
     紅葉して枯れる状態。


小野小町の歌。

今はとて わが身時雨に ふりぬれば 言の葉さへに 
移ろひにけり
            小野小町(おののこまち)
              (古今和歌集・782)

(いまはとて わがみしぐれに ふりぬれば ことのは
 さえに うつろいにけり)

意味・・もうこれまでだとおっしゃる。私も、あなたに
    とっては古くなってしまい、時雨にあった木の
    葉のように、以前のあなたの約束の言葉も色変
    りしてしまったものですね。

 注・・今はとて=もはやお終いだ。
    ふり=「降り」と「古り」の掛詞。
    言の葉=木の葉を連想させ、相手の気持ちや言葉
     が変る事を紅葉になぞらえている。
    移ろひ=色があせてゆく。

作者・・小野小町=9世紀後半の人。六歌仙の女流歌人。


照る月の 冷えさだかなる あかり戸に 眼は凝しつつ
盲ひてゆくなり
           北原白秋(きたはらはくしゅう)
             (黒檜・くろひ)

(てるつきの ひえさだかなる あかりどに めは
 こらしつつ しいてゆくなり)

意味・・ガラス戸に照っている月の光がいかにも冷え
    冷えとした冷たい感じは、盲(めし)いてゆく
    眼にもはっきり分かるのだが、この冷え冷え
    したガラス戸を、よく見えない眼で見つめな
    がら、この冷たい世界で、だんだん自分は盲
    人になってゆくのだ。

    眼底出血して入院している時に詠んだ歌です。
    失明への恐れという事態になって自分の気持
    を整理しています。    

 注・・さだかなる=はっきりしているの意。
    あかり戸=明かりをとる戸の意でガラス戸。
    凝(こら)しつつ=「凝す」はじっと見つめる。
    盲(し)ひて=「しふ」(廃ふ)は器官の働きが
     なくなる意。「盲」は「めしひて」と読む
     べきだが、リズムの上で「め」をはぶいた
     もの。

作者・・北原白秋=1885~1942。近代詩歌にすぐれた
     仕事を残す。詩集「邪宗門」歌集「桐の花」
     「黒檜」。

春といひ 夏と過ぐして 秋風の 吹きあげの浜に
冬は来にけり
            源実朝(みなもとのさねとも)
              (金槐和歌集・316)

(はるといい なつとすぐして あきかぜの ふきあげの
 はまに ふゆはきにけり)

意味・・春だといい、夏だといって過ごしているうちに、
    秋風が吹く吹き上げの浜に冬が来てしまった。

    一首のなかに春・夏・秋・冬を入れて詠んでい
    ます。
    参考歌です。
    昨日といひ今日と暮らして明日香川流れて早き
    月日なりけり  (意味は下記参照)

 注・・吹きあげの浜=和歌山県紀ノ川の河口一帯。

作者・・源実朝=1192~1219。28歳。12歳で三代将軍に
     なる。鶴岡八幡宮で暗殺される。「金槐和歌
     集」

参考歌です。

昨日といひ 今日と暮らして あすか川 流れてはやき
月日なりけり      
            春道別樹(はるみちつらき)
              (古今和歌集・341) 

(きのうといい けふとくらして あすかがわ ながれて
 はやき つきひなりけり)

意味・・昨日といっては暮らし、今日といっては暮らして、
    また明日になる。飛鳥川の流れのように早い月日
    の流れであったことだ。

    「あすか川」は流れが早く、流路の定まらない
    飛鳥川のこと。「明日」を掛けている。歳末に
    一年を振り返っての感慨を詠んでいます。



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