名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年02月

いささめに 時待つまにぞ 日は経ぬる 心ばせをば
人に見えつつ
             紀乳母(きのめのと)
             (古今和歌集・454)

(いささめに ときまつまにぞ ひはへぬる こころ
 ばせおば ひとにみえつつ)

意味・・いい機会があるだろうと、ついうかうかと待って
    いる間に、月日はどんどん経ってしまった。私の
    気持だけは先方に通じておいたのに。

    物名歌で「ささ・まつ・びわ・ばしょう」を入れ
    て詠んだ歌です。

 注・・いささめに=かりそめに、ほんの少し。「ささ」
     が隠される。
    心ばせ=相手に対する好意。
    人に見えつつ=相手の目に入れるている。

作者・・紀乳母=生没年未詳。従五位上。紀全子。陽成
     天皇乳母。


笹の葉に 降りつむ雪の うれを重み 本くたちゆく
わがさかりはも
            読人知らず
            (古今和歌集・891)

(ささのはに ふりつむゆきの うれをおもみ もと
 くたちゆく わがさかりはも)

意味・・葉に降り積もった雪のために、笹は先端が重く
    なり、根元の方が傾いてゆく。このように、私
    の盛りも下り坂になったとは悔しいことだ。

 注・・うれ=末。木の枝や草葉の先端。
    くたち=降ち。盛りを過ぎること。衰える、傾
     く。
    はも=上接する語を強く引き立てる語。


命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの 
かなしからまし
            白女(しろめ)
            (古今和歌集・387)

(いのちだに こころにかなう ものならば なにか
 わかれの かなしからまし)

意味・・ほかのことはさておいて、命だけでも望み
    通りになって、あなたのお帰りまで生きて
    いられるならば、どうして別れがこれほど
    つらく思われましょうか。

    客との名残を惜しみ、再会を待ち望むとい
    う意を表明した遊女の歌です。

 注・・命だに=せめて命なりとも。「だに」はそ
     のこと一つを望んで他を望まない意を表
     す。
    心にかなふ=自分の思う通りになる。

作者・・白女=生没年未詳。遊女。


あら玉の 春立つけふの 朝日かげ にほへる山は 
霞そめつつ
            頓阿法師(とんあほうし)
             (頓阿法師詠・1)

(あらたまの はるたつけふの あさひかげ におえる
 やまは かすみそめつつ)

意味・・立春の今日朝日の光に映えている山に、早くも
    霞が色づいてなびき初めている。

 注・・あら玉の=「春」「日」の枕詞。
    にほへる=「にほふ」は美しく色づくこと。
    そめつつ=「初め」に「染め」を掛ける。

作者・・頓阿法師=1289~1372。俗名二階堂貞宗。出家
     して頓阿と号した。和歌四天王。

憂き世とて 月すまずなる こともあらば いかにかすべき
あめのまし人
             西行(さいぎょう)
              (宮河歌会・65)

(うきよとて つきすまずなる こともあらば いかにか
 すべき あめのましびと)

意味・・憂き世というので、月が空に澄まず、姿を隠して
    しまうことがあったら、どうすればよいのだろう。
    世の人々よ。

    月をこの上なく思った心を詠んだ歌であり、月は
    単なる景物ではなく、真如(しんにょ)の月(月輪観
    による悟りの心)をさしています。そしてその「月」
    の失われる「憂き世」で如何に生きるかという不安
    苦悩を詠んだ歌です(定家評釈)。

 注・・憂き世=苦しみに満ちたこの世。
    すまず=「住むまず(空に存在しない)」と「澄ま
     ず」を掛ける。
    あめのまし人=天の益人。世の人々。
    真如の月・月輪観(げちりんかん)=求道者が、己の
     心は円満なる月の如く、円満清浄であって、その
     光明があまねく世界を照らすと観ずる法をいう。
     密教では誰もが本来仏性を具すると説く。その
     仏性は様々なものに邪魔されて普段は隠れている
     けれども、努力して障碍を取り除けば本有の仏性
     が現れて覚者になり得ると教える。この本有の
     仏性を自性清浄心とも心月観ともいう。すなわち
     行者が自己の内奥に満月の如く輝く仏性が存在する
     ことを自覚するための観法。

作者・・西行=1118~1190。俗名佐藤義清。下北面武士として
     鳥羽院に仕える。23歳で出家。高野山で仏者として
     修行。「山家集」「宮河歌合」。
    

都には たれをか君は 思ひいづる 都の人は
君を恋ふめり
           大江匡衡(おおえのまさひら)
            (後拾遺和歌集・1139)

(みやこには たれをかきみは おもいいずる みやこの
 ひとは きみをこうめり)

詞書・・実方朝臣が陸奥にいました時、言い贈った歌。

意味・・(陸奥の国におられて)君は、都の中で誰を思い
    出していられますか(それをお聞きしたい)。
    都の人はしきりに君を懐かしがっているようで
    すよ。

 注・・実方(さねかた)=~998没。藤原実方。陸奥守。
     正四位下。中古三十六歌仙。

作者・・大江匡衡=952~1012。越前守。従五位。漢学者。


世の中を おもひないりそ 三笠山 さしいづる月の
すむかぎりは
             読人知らず
            (詞花和歌集・291)

(よのなかを おもいないりそ みかさやま さしいずる
 つきの すむかぎりは)

意味・・この世のことをくよくよ思いつめなさるな。
    生きているかぎりはいろいろありますよ。
    でも、三笠山からさし昇る月が澄んでいる
    間は、闇夜ということはありませんよ。

    自分の官位より下位の者より越されて嘆い
    ている人を見て、誰となく詠んだ歌です。

 注・・おもひないりそ=「な・・そ」は禁止の語。
     思い入るな。
    三笠山=藤原氏の氏神である奈良春日神社
     の背後にある山。藤原氏の威光を暗示。
    すむ=「澄む」と「住む」を掛ける。
     

悔しかも かく知らませば あをによし 国内ことごと 
見せましものを
             山上憶良(やまのうえおくら)
               (万葉集・797)
(くやしかも かくしらませば あおによし くぬち
 ことごと みせましものを)

意味・・ああ残念だ。ここ筑紫で死ぬとあらかじめ
    知っていたなら、故郷奈良の山や野をくま
    なく見せておくのだった。

    赴任先の筑紫で妻を亡くして偲んで詠んだ
    歌です。

 注・・あをによし=奈良、国内に掛かる枕詞。

作者・・山上憶良=660~733。遣唐使として3年
     滞在。筑前(福岡県)守。大伴旅人と交
     流。

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