名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年03月

ひとりして 世をし尽くさば 高砂の 松のときはも
かひなかりけり
             紀貫之(きのつらゆき)
             (拾遺和歌集・1271)

(ひとりして よをしつくさば たかさごの まつの
 ときわも かいなかりけり)

意味・・ただ一人で生き長らえ、寿命を全うしたと
    しても、常緑で朽ちることのない高砂の松
    のように、無為孤独でさびしくてたまらず、
    なんの生き甲斐もないことだ。

   老後の話相手のいない余生の寂しさを詠んでいます。

 注・・世をし=「し」は上接する語を強調。「世」
     は人生・寿命の意。
    高砂=播磨(兵庫県)の歌枕。松はその景物
     で老後の無為孤独の表象。
    かひ=甲斐。値打ち、価値。    

作者・・紀貫之=872頃~945頃。土佐守・従五位上。
    古今集の撰者。「土佐日記」。


春や疾き 花や遅きと 聞き分かん うぐひすだにも
鳴かずもあるかな
           藤原言直(ふじわらのことなお)
           (古今和歌集・10)

(はるやとき はなやおそきと ききわかん うぐいす
 だにも なかずもあるかな)

意味・・春が来たのに一向に春らしくないのは、春の
    来かたが早すぎたのか、花の咲くのが遅いの
    かと、聞いて判断しょうにも、その相手の鶯
    までも鳴きもしない。

 注・・聞き分かん=聞き分ける、聞いて判断する。
    鳴かずもあるかな=「も」は強調の語。現在
     も「鳴かない」→「鳴きもしない」の言い
     方がある。

作者・・藤原言直=生没年未詳。


吹きのぼる 尾の上の松に 浪ぞこす 梅さく谷の
春の川風
             正徹(しょうてつ)
             (正徹詠草・44)

(ふきのぼる おのへのまつに なみぞこす うめさく
 たにの はるのかわかぜ)

意味・・梅の咲く谷間から春の川風が、白い花びらを
    吹き上げているが、それはまるで峰の松を浪
    が越えているようだ。

    参考歌です。
    「君おきてあだし心をわがもたば末の松山
    波も越えなむ」 (意味は下記参照)

 注・・尾の上=山の頂。
    浪=白い梅の花を比喩。

作者・・正徹=1381~1459。字は清岩。室町中期の
     歌僧。「草根集」「正徹物語」。

参考の歌です。

君をおきて あだし心を わがもたば 末の松山 
波も越えなむ
            読人知らず
            (古今和歌集・1093)

(きみをおきて あだしごころを わがもたば すえの
 まつやま なみもこえなん)

意味・・あなたをさしおいて、ほかの人に心を移すなんて
    ことがあろうはずはありません。そんなことがあ
    れば、あの海岸に聳(そび)える末の松山を波が越
    えてしまうでしょう。

    心の変わらないことを誓った歌です。

 注・・あだし心=浮気心、うわついた心。
    末の松山=宮城県の海辺にあるという山。


花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててきと 
思ふわが身に
             西行(さいぎょう)
             (山家集・76)

(はなにそむ こころのいかで のこりけん すてはて
 てきと おもうわがみに)

意味・・この俗世間をすっかり捨て切ってしまったと思う
    我が身に、どうして桜の花に執着する心が残って
    いたことであろうか。

    物欲や名誉をすべて捨てて、悩みや束縛から抜け
    出て安らかな心境にある自分だと思うのに、花に
    深く心を動かされるのはどうしてだろうか。

    花の美しさに感動するだけでなく、人と供に喜び
    人と供に泣くという人の心は失わず、感動する心
    は捨てていないという境地を詠んでいます。

 注・・染む=心に深く感じること。
    てき=・・してしまった。完了の助動詞「つ」の
     連体形+過去の助動詞「き」。

作者・・西行=1118~1190。俗名佐藤義清。下北面武士として
     鳥羽院に仕える。23歳で出家。高野山で仏者として
     修行。家集は「山家集」。

梅遠近 南すべく 北すべく
               蕪村(ぶそん)
               (蕪村句集・111)

(うめおちこち みんなみすべく きたすべく)

意味・・梅の開花の知らせが近隣からも遠方からも
    届いた。さて南の梅を見に行こうか、それ
    とも北へ行こうか。忙しい春になったぞ。

 注・・遠近(おちこち)=遠い所近い所、あちこち。

作者・・蕪村=1716~1783。与謝蕪村。南宗画の大家。

雲居まで 生ひのぼらなむ 種まきし 人も尋ねぬ 
峰の若松
            狭衣物語(さごろもものがたり)
            (物語二百番歌合・138)

(くもいまで おいのぼらなん たねまきし ひとも
 たずねぬ みねのわかまつ)

詞書・・生まれ給うへるみこを見給ひて。

意味・・大空まで成長して届いてほしい。(帝位にまで
    昇ってほしい)。種を蒔いた人(実の父親・狭衣)
    も尋ねてくれない峰の松ではあるが。

 注・・みこ=皇子。
    雲居=宮中、空。
    狭衣物語=堀川関白の一人息子・狭衣と五人の
     女君たちが織りなす恋愛物語。平安時代の作。

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