名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年04月

すぎぬるか 夜半のねざめの 郭公 声はまくらに
ある心地して
            藤原俊成(ふじわらのとしなり)
            (千載和歌集・165)

(すぎぬるか よわのねざめの ほとどぎす こえは
 まくらに あるここちして)

意味・・過ぎて行ったのだろうか、夜半の寝覚めに聞いた
    時鳥は。声はまだ枕元に残っているように思われ
    るのだが。

作者・・藤原俊成=1114~1204。定家の父。「千載和歌集」
     の選者。

葛城や 久米の岩橋 神かけて 契りし中の 
いつ絶えにけん
            宗尊親王(むねたかしんのう)
            (文応三百首・249)

(かづらきや くめのいわばし かみかけて ちぎりし
 なかの いつたえにけん)

意味・・葛城の久米の岩橋を一言主(ひとことぬし)の神が
    架け渡そうとして中断したように、神に誓いを立
    てて約束した二人の仲が、いつ絶えてしまったの
    だろうか。

    昔、役行者が葛城山の一言主の神に命じて葛城山
    から吉野の金峰山まで岩橋を架けさせようとした
    が、夜が明けてきたため、顔の醜さを恥じて鬼神
    達は働かず、岩橋が中断したままになったという
    伝説に基づいて詠んだ歌です。

 注・・葛城や久米の石橋=葛城の久米路に渡した岩橋。
     奈良県葛城山の一言主の神が葛城山から金峰山
     (きんぷせん)に架けようとした石橋。

作者・・宗尊親王=1242~1274。33歳。後嵯峨天皇の第二
     子。鎌倉幕府大6代将軍。


たのしみは 百日ひねれど 成らぬ歌の ふとおもしろく
出できぬる時
           橘曙覧(たちばなのあけみ)
           (志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集・557)

(たのしみは ももかひねれど ならぬうたの ふと
 おもしろく いできぬるとき)

意味・・私の楽しみは、何日も何日も苦労しながら
    思うように歌えなかった歌が、ふとなにか
    のきっかけで面白く出来上がったときだ。
    歌詠みにとって、苦吟のはてに生れた一首
    ほど喜ばしいものはない。

 注・・百日(ももか)=多くの日数。
    ひねる=苦吟する。和歌や俳句を苦心して
     作る。

作者・・橘曙覧=1812~1868。越前国福井(今の福井
     市)の紙商の長男。家業を異母弟に譲って
     隠棲。歌集「志濃夫廼舎」。

夜もすがら 嘆きあかして ほとどぎす 鳴く音をだにも
聞く人もなし
             狭衣物語(さごろもものがたり)
             (物語二百番歌合・55)

(よもすがら なげきあかして ほとどぎす なくねを
 だにも きくひともなし)

意味・・夜通し嘆いて夜を明かして、ほとどぎすは、鳴く
    声をだけでも聞いて欲しいのに、聞いてくれる人
    もいない。

    物語の主人公の狭衣が自分をほとどぎすに擬して
    詠んだ歌です。

 注・・狭衣物語=平安後期の1075年頃の成立。狭衣大将
     と源氏宮との恋の物語。全四巻。


明けばまた 秋のなかばも 過ぎぬべし かたぶく月の
惜しきのみかは
             藤原定家(ふじわらのさだいえ)
             (新勅撰和歌集・261)

(あけばまた あきのなかばも すぎぬべし かたぶく
 つきの おしきのみかわ)

意味・・この十五夜の夜が明けたら、また今年の秋も
    半ばが過ぎてしまうであろう。傾く月が惜し
    いだけであろうか。秋が半ばを過ぎてしまう
    のも惜しいのだ。

 注・・かは=反語の意を表す。・・だろうか、いや
     ・・ではない。

作者・・藤原定家=1162~1241。「新古今集」「新
     勅撰和歌集」の選者。

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