名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年06月

波の上ゆ 見ゆる小島の 雲隠り あな息づかし 
相別れなば
            笠金村(かさのかなむら)
            (万葉集・1454)
(なみのうえゆ みゆるこじまの くもがくり あな
 いきづかし あいわかれなば)

詞書・・733年に遣唐使が立つ時に贈った歌。

意味・・あなたの船が出帆して、波の上から見える小島
    のように、遠く雲がくれに見えなくなって、い
    よいよお別れということになるなら、ああ吐息
    の衝かれることだ、悲しいことだ。

 注・・波の上ゆ=「ゆ」は動作の時間的・空間的起点
     を表す。
    息づかし=息衝(づ)く、溜息が出るようにせつ
     ない。

作者・・笠金村=伝未詳。朝廷歌人。

引き植えし 二葉の松は ありながら 君が千歳の
なきぞ悲しき
            紀貫之(きのつらゆき)
            (後撰和歌集・1411)
(ひきうえし ふたばのまつは ありながら きみが
ちとせの なきぞかなしき)

意味・・正月の子(ね)の日に引いて来て植えた二葉の松は
    このようにここにあるけれども、この松に象徴さ
    れるあなたの千歳の命がもう無くなったのが悲し
    ことです。

    紀貫之が5年ぶりに土佐から都に帰って来た時に
    兼輔中納言が亡くなっていたので詠んだ歌です。

 注・・引き植えし・・=正月の子(ね)の日に小松を根
     から引き抜き、長寿を祝って植えた松。
    二葉の松=「二葉」は芽を出したばかりの若い
     植物。この場合は「小松」のこと。
    兼輔中納言=藤原兼輔。紫式部の祖父。933年
     57歳で没した。貫之が土佐から帰国したのは
     その2年後。

作者・・紀貫之=866~945。古今集の中心的な撰者。
     「土佐日記」の作者。

まつほどに 夏の夜いたく ふけぬれば おしみもあへぬ 
山の端の月
             源道済(みなもとのみちなり)
             (詞花和歌集・77)
(まつほどに なつのよいたく ふけぬれば おしみも
 あえぬ やまのはのつき)

意味・・月の出を待っているうちに短い夏の夜はひどく
    更けてしまったので、東の山の端に月は出たけ
    れど、その月を十分に愛惜するひまがない。

    夏の夜の短さを強調した歌。

 注・・ふけぬれば=「夜ふく」は、夜中を過ぎて明け
     方近くなること。

作者・・源道済=~1019没。筑前守。従五位下。中古
     三十六歌仙。

荒き風 防ぎしかげの 枯れしより 小萩が上ぞ
静心なき
        桐壺の更衣の母(きりつぼのこういのはは)
          (源氏物語・桐壺)

(あらきかぜ ふせぎしかげの かれしより こはぎが
 うえぞ しずこころなき)

意味・・荒い風を防いでいた木陰が枯れてしまって以来、
    小萩の上は心静かでありません。
    世間のきびしい風当りを防いでいた桐壺の更衣
    が亡くなってから、若宮の上が心配で、落ち着
    きません。

    桐壺の更衣が亡くなって、幼子の事を心配して
    詠んだ歌です。

 注・・小萩=ここでは幼子、源氏の君、若宮の意。
    更衣=女御につぐ宮廷に仕える女官。
    女御=天皇の配偶者。

百姓の 多くは酒を やめしといふ もっと困らば
何をやめるらむ 
            石川啄木(いしかわたくぼく)
            (悲しき玩具)

(ひゃくしょうの おおくはさけを やめしという もっと
 こまらば なにをやめるらん)

意味・・農民の多くは生活に困窮して好きな酒をやめた。
    もっと困ったら次に何をやめるだろうか。

    明治44年に詠んだ歌です。

作者・・石川啄木=1886~1912。26歳。地方の新聞記者を
     経て朝日新聞校正係りをする。「一握の砂」「
     悲しき玩具」。


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