名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年08月

無き人の小袖も今や土用干
                 芭蕉(ばしょう)
                 (猿蓑)
(なきひとの こそでもいまや どようぼし)

詞書・・千子(ちね)が身まかりけるを聞きて、美濃の国 
    より去来がもとへ申しつかはし侍(はべり)ける。

意味・・土用の季節に、ここかしこで虫干しの風景を
    見かけるが、お宅でも今は悲しい形見となった
    亡き妹御の小袖などを土用干しして、さらに
    在りし日の事などを偲んでいる事でしよう。

 注・・千子=向井千子。去来の妹。1688年25歳での
     若さで病没。
    小袖=男子または婦人の着る袖の小さな常服。
    土用干=カビ、虫等の害を防ぐため、夏の土用
     中の快晴の日に、衣類等日陰に干すこと。

作者・・芭蕉=松尾芭蕉。1644~1695。「奥の細道」。

いつとても 恋しからずは あらねども 秋の夕べは
あやしかりけり
              読人知らず
              (古今和歌集・546)
(いつとても こいしからずは あらねども あきの
 ゆうべは あやしかりけり)

意味・・いつといって恋しくない時はないけれど、特に
    秋の夕暮れというのは不思議に人恋しいもので
    ある。

 注・・あやしかり=不思議なものだ。

とくとくと 垂りくる酒の なりひさご うれしき音を
さするものかな
             橘曙覧(たちばなあけみ)
             (橘曙覧歌集・123)
(とくとくと たりくるさけの なりひさご うれしき
 おとを さするものかな)

意味・・とくとくと、音をたてて垂れてくる酒のひさごよ、
    うれしい音をさせるものだなあ。

 注・・とくとくと=ひょうたんの狭い口から酒が流れ出る
     形容。
    なりひさご=生り瓢。ひょうたん、酒などを入れる
     容器。「生る・鳴る」の掛詞。

作者・・橘曙覧=1812~1868。越前国(福井県)の紙商の長男。
     父母に早く死別し家業を異母弟に譲り隠棲。

安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を 
我が思はなくに
             読人知らず
             (万葉集・3807)
(あさかやま かげさえみゆる やまのいの あさき
 こころを わがおもわなくに)

意味・・安積山の姿までも映し出す清らかな山の井、
    浅いその井のような浅はかな心で、私がお
    慕いしているわけはありませんのに。

    この歌にはこんな伝えがあります。
    葛城王が陸奥の国に派遣された時に、国司
    の対応の仕方が甚だなおざりであった。
    それで、王はひどく不愉快に思って、怒り
    の表情がありありと見えた。接待の酒食を
    準備したにもかかわらず、どうしても打ち
    解けて宴に興じようとはしなかった。そこ
    にたまたま、前に采女(うねめ)であった女
    がいた。都風の教養を身につけた女であっ
    た。左手で盃を捧げ、右手に水瓶を持ち、
    水瓶で王の膝に拍子を打ちながら、この歌
    を吟(くちずさ)んだ。そこで、王の気持は
    すっかりほぐれて、一日中楽しく過ごした
    という。

 注・・安積山=福島県郡山市にある山。
    影さへ=「さへ」という助詞により、水が
     きれいな上に、さらに美しい山の影まで
     が映っている意を表す。
    山の井=山から湧き出る清水を貯めて置く
     所。
    葛城王=736年臣籍にあった橘諸兄(たちば
     なのもろえ)。
    陸奥=東北地方の旧国名。
    采女(うねめ)=女官として都へ遣わされた
     地方豪族の子女。容姿端麗な者が選ばれ
     た。
    

下下も下下 下下の下国の 涼しさよ
                     一茶(いっさ)

(げげもげげ げげのげこくの すずしさよ)

前書・・奥信濃に湯浴みして。

意味・・雲の上の上人さまにはおわかりになりますまいが、
    ここは信濃も奥の奥、雲の下のその下の、雪と貧
    乏の国でございます。それでもまあ、こうして湯
    につかっていると涼しいもんです。住めば都です。

 注・・下下=きわめて程度の低いこと、最下等、下の下。

作者・・小林一茶=1763~1827。北信濃(長野県)の農民の子。
     3歳で生母に死別。継母と不和のため15歳で江戸に
     出て奉公生活に辛酸をなめた。

行末は まだ遠けれど 夏山の 木の下陰ぞ 
立ちうかりける
           凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
           (拾遺和歌集・129)
(ゆくすえは まだとおけれど なつやまの このした
 かげぞ たちうかりける)

意味・・これから行く先はまだ遠いけれど、夏山の木の下
    陰は、立ち去るのがなかなかつらいことだ。

作者・・凡河内躬恒=生没年未詳。古今集の撰者の一人。


さよふかき 岩井の水の 音きけば むすばぬ袖も
涼しかりけり
            源師賢(みなもとのもろかた)
            (後拾遺和歌集・233)
(さよふかき いわいのみずの おときけば むすばぬ
 そでも すずしかりけり)

意味・・夜が深いころ岩井の水の音を耳にすると、手で
    水をすくいあげない私の袖も涼しい思いがする
    ことだ。

 注・・さよ=さ夜。「さ」は接頭語。夜。
    岩井の水=岩の間から湧き出る冷水。
    むすばぬ=掬ばぬ。「むすぶ」は水を手ですくう
     こと。

作者・・源師賢=1035~1081。正四位下・蔵人頭。


奥山の おどろが下も 踏み分けて 道ある世ぞと 
人に知らせん
            後鳥羽院(ごとばいん)
            (新古今和歌集・1633)

意味・・奥山のいばらの生い茂った下をも踏み分けて行って、
    どのような所にも道がある世だと、人に知らせよう。

 注・・おどろ=いばら、藪(やぶ)。
    道=「正しい政道」を暗示。

作者・・後鳥羽院=1180~1239。承久の乱で隠岐に流される。
     「新古今和歌集」の撰集を命じる。


吹く風の 涼しくもあるか おのづから 山の蝉鳴きて
秋は来にけり
            源実朝(みなもとのさねとも)
            (金槐和歌集・189)
(ふくかぜの すずしくもあるか おのずから やまの
 せみなきて あきはきにけり)

意味・・吹く風は涼しいことだ。いつのまにか山の蝉が
    鳴き出して秋はやってきたのだなあ。

 注・・おのづから=自然と、いつしかと。

作者・・源実朝=1192~1219。28歳。鎌倉幕府三代将軍。
     「金槐和歌集」。



心より たぎつ岩波 音たてて わがまつかひの
秋風ぞふく
          尭胤法親王(ぎょういんほっしんのう)
          (文亀三十六番歌合)
(こころより たぎついわなみ おとたてて わがまつ
 かいの あきかぜぞふく)

意味・・激しく白波が音を立てて流れる。心から私の
    待つ甲斐があって秋風が吹いて来ることだ。

    本歌は伊勢物語・87番の次の歌で「待った
    甲斐がある」の意味を持たせています。

   「わが世をばけふかあすかと待つかひの涙の
    滝といづれ高けむ」(ありはらゆきひら)

   (自分が世に出るのは今日か明日かと待つのだ
    が、甲斐なさに落ちる涙の滝とこの布引の滝
    とどちらが高いであろう)

作者・・尭胤法親王=1458~1520。三千院の僧。天台
     座主。


このページのトップヘ