名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年09月

あけぬるか 河瀬の霧の たえだえに をちかた人の
袖の見ゆるは
            大納言経信母(だいなごんつねのぶのはは)
            (後拾遺和歌集・324)
(あけぬるか かわせのきりの たえだえに おちかた
 ひとの そでのみゆるは)

意味・・夜が明けてしまったのであろうか。川の浅瀬に
    たちこめていた朝霧がとぎれとぎれの中に、向
    こうの方にいる人の袖が見えるのは。

 注・・をちかた人の=遠方人の。向こうの方にいる人。

作者・・大納言経信母=生没年未詳。播磨守従四位下・
     源国盛の娘。源経信(1016~1097)の母。

いづこにも 月はわかじを いかなれば さやけかるらん
更級の里
             隆源法師(りゅうげんほうし)
             (千載和歌集・277)
(いずこにも つきはわかじを いかなれば さやけ
 かるらん さらしなのさと)

意味・・どこに出る月であっても区別はなかろうに。
    一体どうしてさやかなのだろうか、更級の
    里では。

 注・・わかじ=分がじ。分けない。区別をしない。
    更級の里=長野県更級郡。月の名所。

隆源法師=生没年未詳。「堀河百首」の作者。

曇りなく 千年にすめる 水の面に やどれる月の
影ものどけし
            紫式部(むらさきしきぶ)
            (新古今和歌集・722)
(くもりなく ちとせにすめる みずのおもに やどれる
 つきの かげものどけし)

意味・・いつまでも永久に澄みわたっていると思われる
    お屋敷の池の水面に、曇りもなく明るく照り輝い
    ている月の光、ともどもに永遠の安らかさが感じ
    られる。

 注・・曇りなく=水の濁りと、空の曇りを掛ける。
    千年にすめる=永久に澄んでいる。水と月の光に
     掛けている。
    のどけし=長閑し。心が安らかである。

作者・・紫式部=970頃の生まれ。「源氏物語」「紫式部日記」。


きりぎりす いたくななきそ 秋の夜の 長き思ひは
我ぞまされる
           藤原忠房(ふじわらのただふさ)
           (古今和歌集・196)
(きりぎりす いたくななきそ あきのよの ながき
 おもいは われぞまされる)

詞書・・人のもとにまかれりける夜、きりぎりすのなき
    けるをよめる。

意味・・こおろぎよ、そんなに悲しそうに鳴いてくれるな。
    秋の夜は長いけれど、それと同じように長くつき
    ない思いは、この私のほうがよほどまさっている
    のであるから。

    この家の主人の嘆き悲しむのを見て、私のほうが
    もっとつらいのですと、我が心の寂しさを詠んだ
    ものです。

 注・・まかれりける=訪ねて行った。
    きりぎりす=今のこおろぎ。
    な・・そ=禁止の意味の助詞。

作者・・藤原忠房=889~928。遣唐使。山城守。正五位下。


いにしへの 倭文の苧環 いやしきも よきもさかりは
ありしものなり
               読人知らず
               (古今和歌集・888)
(いにしえの しずのおだまき いやしきも よきも
 さかりは ありしものなり)

意味・・しずの苧環(おだまき)という語があるが、賎(しず)の
    男(いやしい者)にも、身分の高い人にも、それ相応に
    男ざかりはありましたよ。

 注・・倭文(しず)の苧環(おだまき)=「倭文」は模様のある
     古代の織物の一種。「苧環」は「倭文」を織るため
     の糸を球状に巻いたもの。「倭文」は「賎(しず)」
     と同音であるので、「賎」と同義の「いやしき」に
     かけた序詞。
    いやしきも=賎しい者も。
    よきも=身分の高い方も。
    さかり=男ざかり、女ざかりの意。


秋をへて 昔は遠き 大空に 我が身ひとつの
もとの月影
          藤原定家(ふじわらのていか)
          (定家卿百番自歌合・50)
(あきをへて むかしはとおき おおぞらに わがみ
 ひとつの もとのつきかげ)

意味・・幾多の秋を経て、昔は遠い彼方にある。大空には
    昔を思い出させる変わらぬ月の光、我が身ばかり
    はもとのままである。

    本歌は在原業平の次の歌です。

   「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつは
    もとの身にして」

作者・・藤原定家=1162~1241。平安末期から鎌倉初期を
     生きた歌人。

本歌です。

月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは 
もとの身にして      
           在原業平(ありはらなりひら)
           (古今和歌集・747)
(つきやあらぬ はるやむかしの はるならぬ わがみ
 ひとつは もとのみにして)

意味・・この月は以前と同じ月ではないのか。春は去年の春と
    同じではないのか。私一人だけが昔のままであって、
    月や春やすべてのことが以前と違うように感じられる
    ことだ。

    しばらく振りに恋人の家に行ってみたところ、すっかり
    変わった周囲の光景(すでに結婚している様子)に接して
    落胆して詠んだ歌です。


鏡だに 捨つればくもる ことわりや おもひてみがけ
おのが心を
            田安宗武(たやすむねたけ)
            (悠然院様御詠草)
            (ゆうぜんいんさまごえいそう)
(かがみだに すつればくもる ことわりや おもいて
 みがけ おのがこころを)

意味・・鏡さえも打ち捨てて手入れをしないと曇るのが
    道理である。念を入れて磨きなさいよ、自分の
    心を。

 注・・ことわり=理。条理、道理。

作者・・田安宗武=1715~1771。八代将軍徳川吉宗の次男。
     従三位権中納言。

こころみに ほかの月をも みてしがな わが宿からの
あはれなるかと
             花山院(かざんいん)
             (詞歌和歌集・300)
(こころみに ほかのつきをも みてしがな わがやど
 からの あわれなるかと)

意味・・ためしに他所の月を見てみたいものだ。見る
    場所がこの家ゆえの素晴らしさなのかどうかと。

 注・・あはれ=しみじみと心を打つさま、すてきだ。

作者・・花山院=968~1008。65代天皇。退位後出家。


見し人は ひとり我が身に そはねども 遅れぬ物は
涙なりけり
         僧正行尊(そうじょうぎようそん)
         (金葉和歌集・576)
(みしひとは ひとりわがみに そわねども おくれぬ
 ものは なみだなりけり)

意味・・親しくして来た仲間は、一人として我が身と共には
    いないが、私に遅れずに着いて来るものは、我が涙
    だけである。

    共に修行する人々が、厳しさに耐えられずに離れて
    行く、その心細さを詠んだ歌です。

 注・・見し人=同行の人々。
    遅れぬ物は涙=淋しさゆえの涙。

作者・・行尊=1055~1135。平等院大僧正。


我も人も うそも誠も 隔てなく 照らし貫きける 
月のさやけさ
             貞心尼(ていしんあま)
             (はちすの露)
(われもひとも うそもまことも へだてなく てらし
 ぬきける つきのさやけさ)

意味・・自分も人も偽りも誠も、区別なく照らし貫いている
    月の光は、なんとさわやかなことでしょう。

作者・・貞心尼=1798~1872。長岡藩士奥村五兵衛の娘。結婚
     したが夫と死別。無常を感じて尼となる。29歳で69
     歳の良寛の弟子となる。歌集「はちすの露」。



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