名歌名句鑑賞

心に残る名言、名歌・名句鑑賞

2011年09月

雲のうえ 春こそさらに 忘られね 花は数にも 
思ひ出でじを
            藤原俊成(ふじわらのとしなり)
            (千載和歌集・1056)
(くものうえ はるこそさらに わすられね はなは
 かずにも おもいいでじを)

詞書・・遁世ののち花の歌をよめる。

意味・・宮中での春を一向に忘れられないことだ。花の
    方では私を物の数にも思い出さないだろうが。

    華やいだ頃の昔の懐旧を詠んだ歌です。

 注・・雲のうえの春=宮中の花の宴など。
    さらに=否定語を伴って「決して」。
    数=数えるのに価値のあるもの、ものの数。

作者・・藤原俊成=1114~1204。正三位非参議皇太后大夫。
     53歳で出家。「千載和歌集」の撰者。



うきながら 見し世は猶も 忍ばれて 聞けば恋しき
昔なりけり
           藤原家隆(ふじわらのいえたか)
           (家隆卿百番自歌合・192)
(うきながら みしよはなおも しのばれて きけば
 こいしき むかしなりけり)

意味・・憂い、つらいながらも以前見た世のことはやはり
    懐かしく忍ばれて、聞くにつけ恋しい昔だなあ。

    辛かった時を懐旧して、今の喜びをかみしめて
    いる歌です。

    参考歌です。

   「ながらへばまたこの頃や偲ばれむ憂しと見し世ぞ
    今は恋しき」

 注・・うき=憂き。つらいこと。
    猶(なほ)=やはり。

作者・・藤原家隆=1158~1237。新古今時代の中心的な歌人。

参考歌です。

ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しとみし世ぞ
今は恋しき                  
         藤原清輔(ふじわらのきよすけ)
         (新古今集・1843、百人一首・84)

(ながらえば またこのごろや しのばれん うしとみし
 よぞ いまはこいしき)

意味・・この先、生きながらえるならば、つらいと感じている
    この頃もまた、懐かしく思い出されることだろうか。
    つらいと思って過ごした昔の日々も、今では恋しく
    思われることだから。

    今の苦悩をどうしたらよいものか・・

 注・・憂し=つらい、憂鬱。

作者・・藤原清輔=1104~1177。当時の歌壇の第一人者。


しづかなる 夜半の寝覚めに 世の中の 人のうれへを
思ふくるしさ
           足利直義(あしかがのたただよし)
           (風雅和歌集・1799)
(しずかなる よわのねざめに よのなかの ひとの
 うれえを おもうくるしさ)

意味・・静かな夜半の寝覚めに、世の中の人々の嘆き悲しみを
    思う我が心の苦しさよ。

    為政者の政治を思う心を述べた歌です。

 うれへ=憂へ。嘆き、悲しみ、不安。

作者・・足利直義=1306~1352。南北朝期の歌人。足利尊氏の弟。


あまた年 もとの雫を なげききぬ 誰も葉末の
露の身にして
            橘千蔭(たちばなのちかげ)
            (うけらが花)
(あまたどし もとのしずくを なげききぬ たれも
 はすえの つゆのみにして)

意味・・長年、草木の根元の雫のはかなさを人々は嘆いて
    きた。誰もが葉の先の露のようにもっとはかなく
    消えやすい身なのに。

    知人の17回忌で詠んだ歌です。

    参考歌です。

   「末の露もとの雫や世の中の遅れ先立つためしなるらん」

作者・・橘千蔭=1735~1808。江戸町奉行与力。賀茂真淵門。


参考歌です。

末の露 本の雫や 世の中の 後れ先立つ
ためしなるらん  
         僧正遍照(そうじょうへんじょう)
         (新古今和歌集・757)

(すえのつゆ もとのしずくや よのなかの おくれ
 さきだつ ためしなるらん)

意味・・葉先から落ちる露、草木の根元からしたたる
    滴(しずく)は、無常な世の中が、遅速の違い
    があってもいつかはすべて亡びるというよい
    実例であろうか。

    無常の真理を自然を鏡として確かめた歌です。

 注・・末の露本の雫=草木の先のほうの露と根元の
     ほうの雫。
    後れ先立つ=人が後れて死に、先立って死ぬ。
    ためし=実例。
    無常=全ての物が生滅変転してとどまらない
     こと、人の死。

作者・・僧正遍照=890年没、75歳。僧正は僧の一番上
     の位。素性法師の父。36歌仙の一人。


よそになど 仏の道を たづぬらん わが心こそ
しるべなりけれ
           藤原忠通(ふじわらのただみち)
           (詞花和歌集・413)
(よそになど ほとけのみちを たづぬらん わが
 こころこそ しるべなりけれ)

意味・・どうして他所に仏の道を探し求めたのだろうか。
    我が心こそが仏道の案内者だったのだ。

 注・・しるべ=導。手引き、道案内。

作者・・藤原忠通=1097~1164.太政大臣・従一位。

玉ぐしげ あけぬくれぬと いたづらに 二度もこぬ 
世をすぐすかな
           木下長嘯子(きのしたちょうしょうし)
           
(たまぐしげ あけぬくれぬと いたづらに ふたたびも
 こぬ よをすぐすかな)

意味・・夜が明けた、日が暮れたといって、何をなすこともなく、
    二度と来ないこの世を過ごすことだ。
 
    何事も成し得ない無力な自分を嘆いた歌です。

 注・・玉くしげ=「あけ」に掛かる枕詞。
    あけぬくれぬ=夜が明けた、日が暮れたと言って年月を
     過ごすこと。

作者・・木下長嘯子=1569~1649。秀吉の近臣として厚遇される。
     若狭小浜の城主。関が原合戦の前に伏見城から逃げ出し
     隠とん者となる。

出典・・歌集「林葉累塵集」(古典文学全集・中世和歌集)


草の原 涼しき風や わたるらん 夕露またぬ 
虫のこえごえ
            心敬(しんけい)
            (寛正百首・41)
(くさのはら すずしきかぜや わたるらん ゆうづゆ
 またぬ むしのこえごえ)

意味・・草原を夕方の涼しい風が吹き渡っているから
    だろうか。夕露を待ちきれず鳴き出した虫の
    声々が聞える。
 
    夕べを待ちきれず鳴き出した虫の声に、季節
    の変化を感じている。

 夕露=はかない命を暗示。虫も短い命を力いっぱい
  鳴いていることも暗示している。

心敬=1406~1475。権大僧都。

ことわりや いかでか鹿の 鳴かざらん 今宵ばかりの
命と思へば
             和泉式部(和泉式部)
             (後拾遺和歌集・1000)
(ことわりや いかでかしかの なかざらん こよい
 ばかりの いのちとおもえば)

詞書・・丹後の国にて保昌(やすまさ)朝臣、あす狩せん
    といひける夜、鹿の鳴くをききてよめる。

意味・・鳴くのも道理ですよ。どうして鹿が鳴かないで
    しょうか。鳴きもしますよ。今宵だけの命だと
    思えば。

 注・・ことわりや=理や。当然ですよ。
    保昌朝臣=藤原保昌。1036年没。丹後守・正四位下。

作者・・和泉式部=生没年未詳。1007年藤原保昌と結婚。
     「和泉式部日記」。

行く水の 渕瀬ならねど あすか風 きのふにかはる
秋は来にけり
            頓阿法師(とんあほうし)
            (頓阿法師詠・119)
(ゆくみずの ふちせならねど あすかかぜ きのうに
 かわる あきはきにけり)

意味・・流れ行く水の渕瀬ではないけれど、飛鳥の里に
    吹く風は昨日に変り、今日秋が訪れたよ。

    参考歌です。
   「世の中はなにか常なる飛鳥川昨日の渕ぞ今日は
    瀬になる」

 注・・あすか=飛鳥の里。奈良朝以前に都が置かれた所。

参考歌です。

世の中は なにか常なる 飛鳥川 昨日の渕ぞ
今日は瀬になる         
             読人しらず
            (古今和歌集・933)

(よのなかは なにかつねなる あすかがわ きのう
 のふちぞ けふはせになる)

意味・・この世の中は、いったい何が変わらないのか、
    不変のものは何一つない。飛鳥川の流れも昨
    日渕であった所が今日はもう浅瀬に変わって
    いる。

    世の中の移り変わりが速いことを詠んだもの
    です。

 注・・あすか川=奈良県飛鳥を流れる川。明日を掛
     けている。
    渕=川の深く淀んでいる所。
    瀬=川の浅く流れの早い所。


藤袴 着て脱ぎかけし 主やたれ 問へどこたへず 
野辺の秋風
           源実朝(みなもとのさねとも)
           (金槐和歌集・215)
(ふじばかま きてぬぎかけし ぬしはたれ とえど
 こたえず のべのあきかぜ)

意味・・香りがただよっている。誰が脱ぎかけた藤袴なの
    だろう。野辺の秋風に問えど答えずに吹き去って
    行く。

作者・・源実朝=1192~1219。28歳。源頼朝の次男。鎌倉
     幕府の三代将軍。鶴岡八幡宮で暗殺される。
     「金槐和歌集」

このページのトップヘ